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416【14】『罠の中』



 私はシリル様を見上げながら、そういえば私達さっきから立ち上がったままだと、遅ればせながら気が付いた。

 侍女なのに私ったら気が利かない。再度席を勧めよう。うん。


「ところでシリル様」

「なに?」

「座りませんか?」

「どこに?」

「ここに」


 私は自分のベッドを指す。

 どこもここもこの部屋には座るところなど数えるくらいしかない。

 数えるくらいというのも、具体的には二カ所くらいだ。

 備え付けの小さな机と椅子。そしてソファー替わりのベッド。

 ベッドは詰めれば四人くらい座れそうだが、みちみちだよね? と思う。


「ソファー替わりにベッドにどうぞ」

「……どうぞといわれて、どうもと言う訳には」

「え?」

「だから、ベッドにどうぞと勧められて、そうですかと座る訳には」

「では椅子にどうぞ?」

「いや、それも勿体ないというか……」

「え? 勿体ない?」

「だってそうだろう。本心ではベッドに座りたくて座りたくて座りたくてしょうがないが、自制心というかそういう者達が、それは不味いだろ? と話しかけてくるわけだ」

「成る程」


 しかし、座りたくて座りたくてしょうがないのならば答えは自ずと決まってくる。

 ベッドの方が柔らかいし、こうなんというかリラックス出来ませんか? 出来ますよね? 


「じゃあ、ベッドにどうぞ?」

「…………」

「心に素直になるのが一番ですよ?」

「そうかな?」

「そうですよ」

「しかし素直になりすぎると危険だ」

「いえ、危険はありませんから大丈夫です」

「なぜ言い切れる」

「何故も何もベッドに危険は潜んでいません」

「いや、大きな危険が潜んでいる」

「私のベッドですよ?」

「ロレッタのベッドだからだよ」

「そうですか?」

「そうとも」


 膠着状態?


「どんな危険が潜んでいるのですか?」

「それはね……」

「それは?」

「甘い感じのものだよ?」

「甘いのに危険なのですか?」

「甘いから危険なのだよ」

「甘いから危険なのですね?」


 私、このまま一国の王太子殿下をずっと立たせておくのでしょうか?

 プライベートだが微妙に不敬じゃない?


 甘いのに危険か…………。


「それはハニートラップですか?」

「…………いや、ハニートラップのような意図的で悪質なものではない」


 甘い誘惑といえばハニートラップしか種類的に思い付かない。

 甘くて危険。


「私とシリル様の間にハニートラップは存在しませんよね?」

「むろん存在しない。ロレッタのことは信用している」

「信用して頂いて嬉しいです」


 私がハニートラップを仕掛けると疑われては沽券に関わる。


「シリル様、ハニートラップというのは魅力的な女性が仕掛ける罠ですよ?」

「無論心得ている」

「王太子殿下というお立場は、そういった時分の対処法というのも学ばれているのでしょうか?」

「それは……」

「それは?」

「学ばなくても知っているが、第二王子は引っかかった」


 ああ。

 私は遠い目になる。


「あれはハニートラップでしたか?」

「背後関係は上がらなかったのでスパイではないが、個人的なハニトラという種類になる」

「個人的なハニトラ」

「そう。組織だってのものではなく、自分で立案し、自分で実行し、自分に実益がある単純明確なもの」

「…………単純明確で良かったですね?」


 私は更に遠い目になる。


「良くは全然ないが、複雑よりはましだ」

「……複雑よりはましですね」


 それは確実に。

 間者というのは大変に厄介な存在だ。

 国を滅ぼす為の前哨戦のようなもの。

 武力行使を行う十年くらい前から、いや手の込んだ場合はもっと長く。長ければ長いほど効果を発揮する。世論や国民感情、政治。内側から国を切り崩して行くのだ。最初は思い通りにならなくても徐々に徐々に少しずつ勧めて行く。国と国民を切り離す。そして為政者を内側からコントロールする。嵌まれば気持ちが良いだろう。武力と情報で国を内と外から挟み撃ちだ。 


 国というものは間者がくるものという事を大前提に動かなくてはいけない。人の言葉に耳を傾けたとき、心の内で問う。それは結果的に誰の益になる? いったい誰の為の言葉? 例えば 魔導師を廃する場合、誰の益になる? アクランド王国? それとも豊かなアクランド王国を狙う隣国? どちらの為になる?


 よく考えれば分かる事。アクランド王国の益にはならない。感情に訴えた平等という名の善意の充足にはなるが、実利にはならない。要は感情ではなく実利が何処にあるかが重要になってくるのだ。


 しかし、人は感情を持った生き物だから、感情に(ほだ)されやすい。

 それが人という名の生き物なのだろう……。

 人を人たらしめているものなのだから。

 長所でもあるのだから。


 貧しい者への施しも、ある種感情からくるものだと思われがちだが、国益も担っている。

 労働力という名の国益。治安という国益。その二つを安定させるもの。

  


「なかなか人の世は複雑ですよね?」



 私はしみじみ嘆息した。

 私達、このまま立ちっぱなしコースでしょうか? 






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