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415【13】『出生の証』





「不思議に思っていたんだよね?」


 シリル様が口を開く。

 不思議とは紫の魔術師のことですか?


「生まれた子にとって、戸籍登録というのはある種重要なことであり、逆を言えば系譜が(つまび)らかになってしまう。親にとっては諸刃の剣というか、そういうもの。悪事を働いた者は隠したく、身綺麗な者は躊躇なく登録する。だってさ、この登録をしてしまったら逃げも隠れも出来ない。アシュリ・エルズバーグとミリアリア・セイヤーズの子が何時何分に何処で生まれたかということが、中央にバレる訳だ。勿論王妃にもね? それは出来ない。故意にロストさせた人間が、無事に子供を産んでいただなんて、そんな報告が行けば、殺しに来て下さいと言っているようなものだから。だから孤児院に預けたのだと思っていた。孤児院では両親のいない子がザラだしね。出生地は孤児院がある地になる。責任者はその地の領主。戸籍は手に入り、出自は闇の中。ある種抜け道のようなものだ。大抵の親は実行などしないけど。まあ、裏道以外のないものでもないし、庶民は知りもしないかもね? ただ大きな代償を払うことになる。何か分かる?」


 シリル様の言葉に私は考え込む。

 大きな代償。

 それは……普通に考えれば……――


「親子関係でしょうか?」

「そう。子と親の関係性。これは完全に失うかな? 子を産んだ者にとって親と子と関係性を失うのは、なかなか辛い選択肢。ミリアリア・セイヤーズの容態があまり良くなかったのか、もしくは――」


 シリル様が言葉を濁したその先、私にも予測がつく。

 そう。灰色魔術師に近づく事象が起きていた?

 禁忌を犯した瞬間に髪や目が灰色に変わるというのは、生態的に難しい。

 徐々に抜け落ちるように色が脱色してゆくのではないだろうか?

 それと一緒に魔力も失ってゆく。

 魔術師に取って、魔力は当然そこにあるもので、それは自分を構成する一部に違いない。

 いうなれば体力のような、そういったもので、魔力がゼロ地点に近づけば、当然体に異変が起きる。

 私は第一聖女の裁きの日、魔術ゼロ地点に限りなく近づいた。

 自分の中の汚染された黒い血を書き換える魔術を行使して、体内魔術をごっそり持って行かれたのだ。

 意識を保つことは出来なかった。

 それくらいの衝撃。

 生命と同義のような、自分の中の生きるために必要な何か。

 魔力消失と出産という一大事を同時に成すというのは、些か荷が勝つというか……。

 命危ないゎ……という話。難事であることには間違いない。 


「……私、実はミリアリア叔母様らしき人に会ったんです」

「……らしき人?」

「そうです。いかにもミリアリア叔母様ではないかというような怪しい人」

「……怪しい?」

「怪しいなんていうレベルの行動ではありませんでした。その方はですねシトリー領の中庭で猫様を愛でていらしたのですが…………突然こうですね」


 私は思い出しながら、床に伏せる。


「この体勢のまま、こういう風に足と手を動かしまして、凄い勢いでしゃかしゃかしゃかとですね……」


 まねをして動いてみたが、殊の外、遅いという。意外に難しいんだね。


「上手く再現出来ませんが、私の十倍くらいの速さで地面を移動して、私の視界から顔が見切れたと同時に立ち上がって、全速力で走り出したのです」


 私はそこまで説明すると立ち上がり走るまねをする。

 本当に走ったりはしない。狭い室内ですから。わきまえていますよ?


「イメージ出来ましたか? シリル様」

「…………」


 シリル様は無言。

 というか言葉を失ってしまったかのようになってしまった。彫刻?


「驚きましたか?」

「…………ロレッタに驚いた」

「え?」

「だから、僕の前でその薄着のまま匍匐前進したロレッタに驚き過ぎて、言葉が出て来なかった」


 そっち?


「シリル様、今、そっち側は重要じゃありませんよ?」

「……いや、そうは言っても、貴族令嬢の匍匐前進を見たのは初めてというか……で」


 それはそうだろう。そんなものはそうそう見ない。


「女性の影はしないのですか?」


 影は百パーセントではないが魔術師だし、魔術師なら貴族の可能性が高い。


「異性の影は基本付かない」

「……成る程」

「だから初めて見た」

「……初めて見たんですね」


 どうでしたか? 等と聞いた方が良い?

 それは愚問以外の何ものでもない。


「推しの匍匐前進はショックで想定外だが可愛い」

「え?」


 匍匐前進ですよ? 可愛いとか可愛くないのジャンル?


「どこが可愛いんですか?」

「……何かしゃかしゃかいっているところが」

「…………」


 王太子殿下? 気をしっかり持って下さいっ。


「シリル様、そちらは忘れて構いませんので、ミリアリア叔母様が匍匐前進した理由を考えましょう」

「え?」


 「え」じゃないですよ? そっちが話の核心ではないですか?


「まあ、それは普通に考えて髪と瞳が灰だから見られたくなかっただけじゃない?」

「そうでしょうか?」

「ロレッタはそうじゃないと考えるんだ?」

「はい。髪や瞳が灰色なのは、いわば今更ではないですか?」

「今更か……」

「そうです。今更です」


 そもそも私は蒼色だった頃の叔母様を知らないのだ。

 知らないのだから驚きようもない。

 始めまして、灰色ですね? くらいのものだ。

 別にそこまで珍しい色という訳じゃない。


「じゃあ、君に会うのが想定外だったとか。もしくは紫の魔術師に会わないよう言い含められていたとか」

「そうでしょうか?」


 それも今更のような気がしてならない。


「灰色魔導師というのは、目と髪が灰色になるのですよね?」

「そう言われているね? 公に公表されている訳ではないが」

「それだけですか?」

「さあ?」


 さあって……。

 さあとはなんですか、さあとは。

 イエスかノーと答える場面で「さあ」とか言われると、何か知っているのかなと勘ぐってしまいますよ? イエスと言わないその理由を。


「さあですか?」

「僕は詳しくは知らない」

「…………」


 怪しい。

 王太子殿下は何か知っていらっしゃる?

 でも言いたくないから「さあ」とか言って、答える義務を捨てた?

 他に何があるというの?


 魔術師の特徴は、瞳の色と髪の色だ。

 それ以外は特に思い付かない。

 その魔術師の証を失うのが灰色魔術師なのではないの?

 

「ねえ、今度僕とルーシュと君で匍匐前進の競争をしてみない?」

「…………」


 いや……。それ? もの凄くシュールというか……。してどうするというか。私、ビリ決定じゃないか。シリル様とルーシュ様は良い勝負かもしれないが。そこはどっちが勝つのか興味はあるけども。どっちが勝つのかな? 


「シリル様もルーシュ様も速そうですが、ミリアリア叔母様には敵わないかもしれません」


 レースをするなら四人でだ。ミリアリア叔母様にも参戦して頂かないと。

 そこは譲れない。始まりの場所だし。


「そんなに?」

「そんなにです。そもそもシリル様って匍匐前進の練習をしたことあるのですか?」

「ふふふ」


 ふふふ? 何か余裕を含んで笑っていらっしゃる。


「勿論、王太子は匍匐前進はしない」

「…………」


 やはりしないんですね? ですよね? 人の前で出来ないですよね? 身分的に。


「しかし、ロレッタがしたからには僕もしようかな? と」

「え? なんの対抗意識ですか?」

「対抗意識ではない。推し活の一つ、推しと同じ体験をトレスという種のものだ」

「ん?」

「推しと同じものを食べ、同じものを見て、同じ事をする。そして浸る」

「浸る?」

「そう。同じ気分に浸る」

「…………」

「推しの気持ちを想像しやすくなるだろ?」

「?」



 気持ちを想像する?

 匍匐前進をする人の気持ち?

 そこに気持ちはあるのかな?

 ただ前に進む。危険を避けながら。

 そんなシンプルな脳内のような気がするのだが。

 ちなみに私の脳内は無心でした。

 何も考えていません。

 匍匐前進に完全集中です。

 


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