413【11】『夢のナイトウェア』
…………夢のナイトウェア……か。
私は自分の就寝着について考える。
シリル様、真剣な話をするのじゃなかった……ね?
私のナイトウェア……て。
それはつまり、言うなれば、割とどうでも良い話なのではないかと……。
ただ、我が国の王太子殿下の御命令ならば吝かではありませんが。
そもそも簡単なことですし……。
シリル様もおっしゃった通り、本来人前に出る格好ではないですしね?
夜中に何か思い付いて、直ぐにでも駆けつけたいという事態が今後起こったならば、一分で着替えてから行こう。
「……あの、そのお約束自体は難しくないのですが、範囲という内容を今一度確認しておきたいのですが、紫の魔術師限定でしょうか? ルーシュ様やシリル様の前ではありなのでしょうか?」
そんな質問をしてから、いや未婚の子女である限り、ナイトウェアで王太子殿下の前に出るのは不味いだろうとセルフ突っ込みを入れる。
「自分で言い出したことですが、結論に至りました。王太子殿下の前でそのようなはしたない格好をするのはよくありません。私、以後は節度を持って気を付けます」
「え?」
「え?」
「節度?」
「そうです。節度。流石に我が国の王太子殿下の前でそのような格好は出来ませんからね?」
「え?」
「ん?」
私とシリル様は顔を見合わせる。
「合ってますよね?」
「いや、合ってはいない」
「え?」
何故でしょうか?
「どういう風に合っていないのでしょうか?」
「どういう風にもこういう風にも、僕の前では構わない」
「私が構います」
「僕は構わない」
「え?」
「え?」
私は首を捻る。
「貴族の子女が就寝着でうろうろするのは、はしたないという話ですよね?」
「そんな事は一言も言っていない」
「…………」
えー……。
取り違い?
「はしたないから注意したのではない。君が就寝中に夢を見た。その夢が新たな聖魔法構築の突破口になる。君が一分二分を惜しんで聖魔法の確立を優先したと。魔導師として褒めるべきことだと思っている。素晴らしい。兎角夢の内容というのは手平から零れ易い。着替えている間にふと輪郭が朧気になることもある。それこそ一分一秒を競う懸案だと思っている。君の行動は間違っていない。魔術師として正しい。着替えたが故に忘れたとあっては最大の落ち度だ。僕だってそういったことがあれば着替えない。だから賞賛に値することなのだ」
「…………」
えっと……。では何が問題なのかというところに立ち返る。
「就寝着でうろうろするなと言いませんでしたか?」
「言っていない。君の就寝着は大変貴重なものだから、おいそれとは見せないで欲しいと切望しただけだ」
「結論として同じでは?」
「結論は同じでも過程が違う」
「……過程」
「そう過程だ。誤解しないで欲しい」
誤解。
誤解……か……。
「分かりました誤解しません。つまりそれは魔術師としては正しい行動だけれど、貴族の子女としては褒められたことではないから、場合を見て気を付けるようにということでよいでしょうか?」
「何か細部が違う気がするが」
「細部が違いますかね?」
「若干違う。僕に聖魔法の談義をするのなら、いちいち着替えないのを推奨する」
「…………つまり、一度は敵であった紫の魔術師の前ではそう言った軽装では出向かず、信用のおける方ならば就寝着でよいということでしょうか?」
「まあ、そうなのだが、その信用のおける人物とは僕だからね?」
「はい。シリル様やルーシュ様や父や母や弟達や弟聖女や妹聖女などですね?」
「範囲ひろっ」
「……広かったですか?」
ほとんど家族ですよ?
あとは聖女関係。
「……ルーシュか」
ルーシュ様に引っかかりますか?
でも…………。
私は王妃陛下の奸計に引っかかったあと、ルーシュ様と手を繋ぎながら図書塔のテラスから星を眺めたことを思い出していた。
あの日の星はとても綺麗だった。
星が綺麗で、ルーシュ様の手が温かかった。
あの日に見た星空と、ルーシュ様の手の温もりは永遠に忘れない気がする。
心の深い部分に刺さっているのだ。
彼の手の平の温度を思い出したら、私の頬は自然と熱を帯びた。
「……ルーシュ様」
私がポツリと呟いた言葉に、シリル様は目を瞠った。
「まさかまたあの事故を思い出した!?」
「いえいえいえ。そのことではありません」
「じゃあ、どのことでそんなに頬を染めている?」
「どのことと言われましても、説明が難しく。敢えて一言で説明するならば、ルーシュ様の前で就寝着でうろうろしたのは数度目と言いますか、そういうことです」
「!?」
「なのでルーシュ様もリストに入るのは自然なことなのかなと」
ちなみに私の記憶が正しいならば、シリル様も今朝で三度目ではないですか?
どうですか?
本当は侍女ですので御主人様の前で就寝着はおかしいのですが、でも、なんというか、既に色々事後です。