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411【09】『君の忘れもの』




 シリル様が上着の内側から出した物は、私には見慣れた物だった。

 つまりは私の私物。転移の魔法が発動して、その魔法に弾かれてしまったもの。

『魔術師達が集うお茶会の庭へ』というカフェに置いてきてしまった者達。


 お財布とか、ペンとか紙とか……。私が書き取っている途中だった魔法陣。

 文字が揺れている。

 転移魔法に巻き込まれるのが純粋に怖かったんだよね? ……無傷でしたけども……。


 この図形、後でルーシュ様とシリル様のものと合わせて完成させたいな? 

 今日の午後辺りどうかな? ルーシュ様はまだ寝ているのだろうか? 


「……シリル様、後でこの魔法陣を完成させませんか? 昼食の後辺り?」

「いいね? そうしようか」

「はい」


 わぁ~。楽しみが出来ちゃった。嬉しいな? 何故か闇魔法の魔法陣リストが増えてゆく。

 ちなみに私がリスト化した闇の魔法陣はそのままアリスターに流れる。


 それを想像すると胸がスカッとする。

 彼が使った分だけ、オリジナル魔法を解読する。

 私の小さな報復だ。

 紫の魔術師様? ああ、あなたが苦労して手に入れた、もしくは開発した魔法陣ですか?

 アレ? 私がせっせと盗んでやりましたよ? お生憎様。と言って彼の前で高笑いしてやりたい。

 やられて、やられて、やられっぱなしですからね?

 こそこそっとこちらもやり返さなければ収まらないというもんですよ?

 そうですよね? 例え横流しする相手が彼の息子だとしても? ……?


 そこまで考えて私は首を捻る。

 彼の渾身の魔法陣を彼の息子に横流しすることは果たして報復になるのだろうか?

 それって回り回って教育ありがとう? という状況になってしまうのだろうか?

 ん? どうなの? そうなの?


 でもさでもさ。あんな高等魔術を手軽に誰にでも横流しをするなんて度胸はない。

 変なものに使われたら最悪じゃないか。

 アリスターくらいしか、流す人はいないわけで、それでそのアリスターは彼の息子で……。


 まあ、いいさ。アリスターはこちらの陣営の魔術師。

 あちら所属の魔術師ではないのだ。

 聞けばアリスターは両親へ特別な感情を持ていないと言っていた。

 愛情が欲しいとか、一緒に暮らしたいとか皆無だとルーシュ様が言っていた。

 結構自分の両親に対しては淡泊らしい。

 まあ、潜在的にはどうだか分からないが、今の所はそうらしい。


 アリスターは私に取って弟分みたいなもので、なんというか? もう一生離さないよ? 的な感覚でいるし。あれ? 私、結構重い姉かな? いや、良いんだ。重いとか軽いとか適量とか。

 余計なことを慮って、関係がぎくしゃくしたら悲しい。

 そのまま素直な気持ちでいよう。それがいい。


 魔法陣の切れ端に思いを巡らせた後、ふと私は私の私物、そうシリル様に見せられた物たちが目に止まる……。


 ポーション。私がローブのポケットやら、太ももやら至る所に括り付けていた自家製ポーション。

 魔力回復と体力回復のポーション。


 それがそのままの形で残っている。未使用だ。

 私はシリル様をそっと睨んだ。

 睨むというか、そんな不遜な目つきはしたつもりはないのだが、ちょっと黒聖女というか第二聖女の顔が出てしまった。


 それもどうか勘弁して欲しい。

 私は聖女であることが長過ぎて、すっかり身に染みついてしまっているのだ。

 故に私は恨みがましくシリル様を見た。



「……どうして、このポーションを使っては下さらなかったのですか? 長時間を馬で駆けたのですから絶対に必要なポーションでした。旅中に飲むべきではないですか? もしも私に遠慮したのなら、それこそが――」


 私はその先の言葉を飲み込んだ。

 けれど飲み込んだ先はシリル様によって紡がれてしまった。


「聖女の聖魔法への冒涜?」

「……いえ、そこまでは言っていませんが」


 ……でも。

 それでも。

 ポーションというものは使うべき時に使って欲しいのだ。

 使うタイミングに苦慮する人がいるが、物は使ってこそ存在価値があるというか……。

 高額な物だから、時々人は出し惜しみをして、機を逸することがある。

 使って欲しい。

 聖女が願うのはそれだけ。


「使うべき時は使う。出し惜しみなどしない。僕は王太子だよ? ポーションは山積み持って来ていた。騎馬にももちろん使った。僕もルーシュも必要なポーションは飲んだ。だから安心して?」

「本当ですか?」

「本当だとも」

「信じて良いですか?」

「信じてもらっていい。ロレッタを迎えに行くと言ったら、母から山のように持たされた」

「えー……」

「颯爽と助けてこいとも言われた」

「……それは、えっと」

「母はロレッタの前で僕に格好をつけて欲しいらしい」

「…………」

「そんな手は、君には通じないのにね?」


 シリル様は私を見て少し笑う。


「まあ、そういう訳だから、これは君の忘れもの」


 そう言って、私の私物をサイドテーブルに乗せる。

 どれも大切なものだから、雪玉草のポーチに入れるんだよ? との言葉を添えて。


 私はその私物たちを受け取りながら、今度は髪の色を変えるリングセットではなく、ポーションセットをシリル様とルーシュ様にプレゼントしようと心に誓った。


 それでそのポーションセットは無料メンテナンス付き? というか使った分だけ毎月補充しよう。

 そうすれば、いつもお世話になりっぱなしのお二人へお礼になるし、よいプレゼントになるし、その上、身を守る盾にもなってくれるだろう。

 あまり嵩張らない箱がいい。

 私はそんな風に心に決めた。





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