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410【08】『聖地巡礼』



 私がルーシュ様の妹君を想像して、にこにこではなくニヤニヤしていたら、シリル様が私に生暖かい目を向けながら、上着の内側に手を入れる。


 あの日、着ていた服は深緑のローブだったが、ローブで騎馬に乗るのは向いていない。足元まで裾が長く、騎乗し難い作りをしている。急ぎ旅装を整えた時に着替えたのだろう。馬の準備や携帯食や複数のポーション。その上、魔法省での仕事もあったかもしれない。上司である伯父様が融通を利かせてくれたのかもしれないが、私はこの国の王太子殿下を騎馬で夜通し駆けさせてしまった。よく考えると申し訳なさ過ぎるという。そんな夜通し駆けるなんて、敗走兵じゃあるまし……。有事の時しか考えられない強行だ。旅気分なんてあったもんじゃない。その上、疲労で落馬しようものなら……。私は怖い想像ばかりが頭に浮かび、振り切るように首を横に振った。



「シリル様、ルーシュ様の衝撃のごたごたでお礼が遅れてしまいましたが、今回はシトリー領まで私を心配して来て下さってありがとうございます。シリル様とルーシュ様に会えてとても心強いです」

「ルーシュの衝撃のごたごたは、所詮ごたごたなので秒で忘れるように。次官は直ぐに了承してくれたし、何の問題もない。僕もルーシュも申請したまま中途になっていた有給をめいいっぱい取ってきたから安心してね」

「そうなのですか?」

「そうなんだよ。これでお預けだったシトリー領の観光と、別荘の様子を見たり、ハニーハントとやらに付き合える」


 ハニーハントですね! 確かに重要です。ついでに花畑も仕込んでいかなくては。

 蓮華なんかどうですかね?

 なんの花の蜜が美味しいのでしょうか?

 花を端から啜ってみましょうか? そうしましょうか?


「是非是非是非、滞在中はこの領地の娘である私に案内させて下さい。観光地は一つもありませんが、私のとっておきの場所をご案内します」

「ロレッタのとっておきの場所って、例えば?」

「例えばですね、猫が沢山集まる中庭ですとか、見晴らしの良い木の上ですとか、ふわふわの草原ベッドですとか、美味しい桑の実ですとか、そういう秘密の宝もののような場所です」

「…………」


 私が言い終わると、シリル様は無言で肩を震わせている。

 観光ともいえない観光過ぎて怒ってしまわれた?


 私がシリル様を覗き込むと、彼は涙を拭いていた。

 え?

 涙?

 どこに涙スポットがあった?

 なかったよね?

 泣くところってどこ?


「……なんて素敵なんだ。推しの好きな場所を巡るなんて。聖地巡礼特別版といった所だろうか? 君が育ったアレやコレ。想い出の場所を巡ることが出来るだなんて。僕には最高の贈り物だよ」


 そう言って、また涙を拭く。

 えー……。


 私はその良く分からない『聖地巡礼』という言葉に首を傾げながらも、秘密のスポットの期待値が上がりすぎて、むしろ連れて行って良いのだろうかと逆に不安になった。


 あの……。

 至って普通の場所ですからね?

 ハードル上げないで下さいよ?

 普通です。普通。

 居心地が良い普通の場所というやつです。

 きらきらしたものを想像しないで下さいよ?

 お願いしますよ?

 私は薄く涙を堪えているシリル様に心配になった。


 そもそも聖地巡礼とは宗教的に繋がりの深い場所を巡ることであっていますか?

 ちなみにシトリー領にはありませんけども。

 先に伝えておいた方がいいですか?

 そういう栄えている領地。もしくは歴史のある領地ではないのですよ?



「シリル様、そんな大袈裟ですよ? その辺ですよ? なんの変哲もない、所謂普通の場所で、ちょっと心地が良いとか想い出があるとか、そういうレベルの話ですからね?」


 私は不安になり、何か言い訳めいたものを喋り出した。

 いや、言い訳の一つもしたくなるよね?

 だって涙って……。え!? となるよね? うん。


「……ロレッタ、通常の聖地巡礼とは『特別』の定義が違うのだよ?」

「は? 特別の定義ですか」

「そう。歴史ある教会だとか、聖碑だとか、そういう種類のものとは違う定義。何が違うのかというと、それはエモーション」

「……エモーション……?」

「そう。エモーションが大切なんだ」

「エモーションが大切なんですね?」


 私はどう反応して良いか分からず、鸚鵡(おうむ)返しのようになってしまう。

 どう反応するのが正解? エモーションは感情という意味だよね? 


「観光に感情が大切なのですか?」

「そうとも」

「そうなのですね」


 なぜ?

 疑問です。


「景色とは、そこに想いが重なって特別になるからさ」

「……想いですか?」

「そう。想い。想いとは例えば幼少期のロレッタがこの木の幹に腰をかけて、王都の方を眺めながら物思いに耽ったのかな? とか。この猫たちが小さなロレッタの慰めだったのかな、等というところにスポットを当てると、突然特別に早変わり。ロレッタの想い出と景色と僕の網膜が重なる訳だ。そうすると僕の 中にも想い出が蘇るような錯覚を味わう。つまりより深く推しを理解出来るということ。最高だよね」

「…………最高? ですね」


 色々色々色々疑問はあったのだが、何とか飲み込んだ。

 聞き返すと、開かずの扉が開きそうな、底のない沼のような、兎に角恐ろしいものを暴いてしまいそうで、私は口を噤んだ。

 扉の先はいつでも何かが潜んでいる。

 

 きっと。




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