【041】『王城の礼拝堂』
王城内にある礼拝堂は司教区にある大聖堂ではないのだが、それでも立派な造りをしている。王族の結婚の儀は全てここで執り行われ、歴史もある。そこに父、母の順に入場し、席に着いた。聖女の正装はドレスを着る事よりも余程落ち着く。こちらの方が自分に合っているのだ。踵も低いし、神の御前で敬虔な気持ちになれる。
父が言うように、気持ちをしっかり持って、とっとと終わらせよう。もし私がサインをする所があったら食い気味にサインをしようとすら思う。
少し経ってから、衛兵に付き添われてやって来た第二王子殿下は何だか少しやつれていた。隈が出来てないか? 誰が見ても憔悴している。
シトリー伯爵家、ミドルトン男爵家、そして王家。上級神官と他の神官が揃った所で今日の婚約破棄式を執り行う神官が挨拶をする。
男爵家はココ本人と当主の二人しかいない。夫人は欠席ね。確かに男爵夫人はココの母親ではないし、気まずいのかもしれない。
「では、これよりアクランド王家元第二王子バーランド・レイ・アクランドとシトリー伯爵家令嬢ロレッタ・シトリーとの婚約破棄を執り行い、平民ココと昨日付で王家より除籍になった平民バーランドの婚約式を執り行います。平民の婚約式をこの礼拝堂で執り行う事は異例ではありますが、列席関係者の身分を考慮し、特別に許可が下りました」
「?」
今、平民って言った? え?
「……平民ですか?」
「平民です」
厳かな開式の言葉に、何故か私は疑問を挟んでしまった。神官様も丁寧に答えて下さる。
「え? 平民とは?」
「ここにいるバーランドはね、昨日正式に王族籍を剥奪されてね、晴れて『真実の愛』を貫ける自由な平民になったって訳だよ」
話を引き継いで下さったのは、王家の代表。雷の魔導師である王太子殿下。私はこの人にシリル様という御名の時に会っている。もちろんその時にこの人の正体はある程度予測は付いていたのだが、目の当たりにするとやっぱり尻込みをしてしまう。というか、王太子殿下、私の婚約破棄式で何をやっておいでなのですか? 王家の代表が王太子殿下なのですか?
「そしてココはミドルトン家に引き取られているが、正式な養子にはなっていない。引き取られた、そこに暮らしているという事実だけで元から平民だから」
「そうなのですか?」
「そうなんだよ。本人はココ・ミドルトンと名乗っていたのかも知れないけれど、正式な戸籍名はココで間違いない。王立学園へは男爵の推薦で入学したが、歴とした平民。教養科は貴族の推薦があると入れるから。ちなみに魔法科は魔力があると入れる。どちらも庶民という事で門戸を開いていない訳じゃないよ。まあ、九十九パーセント貴族だけど」
今まで、ずっと男爵令嬢だと思い込んでいた。男爵の子ということは事実ではあるけれど、戸籍は男爵令嬢ではない。そこは夫人の考えか、様子を見てから養女にするつもりだったかは分からないけれど。今の所は平民だと。
そしてもっと驚いているのは、第二王子殿下の除籍だ。アクランドに名を連ねる事を拒否された。正式に王子は王子ではなくなった。私は顔を上げて、元第二王子殿下を見る。そして鋭い眼光で睨まれた。怖い。あの不遜で、王子という身分をどこまでも鼻に掛けて威張り散らしていた人が、王子ではなくなった。私との婚約破棄を機に。
「庶民同士の結婚になるのですね?」
「そうココは庶民で、バーランドも庶民だから。政略結婚ではなく『真実の愛』という名の素敵な結婚だよ? 王家代表として祝福するつもりだ。まあ結婚式には当然参列しないけれども」
「……そうですね。王太子殿下が庶民同士の結婚式に参列しては目立ってしまいますものね」
「そうそう。目立つのは良くないでしょ? 王家の者は誰も参列しない」
「もちろんミドルトン家の者も参列しません」
「………」
男爵が突然慌てたように会話に入ってくる。ミドルトン家も参列しないのですね? 慎ましやかな結婚式になりそうです。街のレストランなどを貸し切って、お友達を呼ぶのでしょうか? それはそれで楽しそうではありますが。
私は元第二王子殿下を見る。やはり睨んでいる。もう見ない事にします。怖いし。
そうこうしている内に、差し出される書類を速読し、父がどんどん印とサインの山を築いている。凄い量なんですけど? 父、大丈夫? ちゃんと読んでる? 私は父が一番最初にサインをした婚約破棄証だけ、しっかり目にした。玉璽も押してある。第二王子のサインも入っている。そして父から受け取り私も食い気味にサインをした。これが一番嬉しい。これを貰いに今日は来たと言っても過言ではない。これで晴れて私と元第二王子殿下は他人だ。王都観光に行きたい。心の曇りが晴れて行くようだ。でも王都観光って本当に誰が払うの? 私も行って良いのかしら?
「おい」
「え?」
突然元第二王子殿下から乱暴な声を掛けられ我に返った。