407【05】『シトリンの中。』
黄色い水晶。
フィギュア用の剣の柄に埋め込まれた物だから、小さいは小さいのだが。
それでも純度が高い。ケイ素の成分が高いのだろうと思う。
水晶は昔から邪気を払う守りの石とされている。
アクランド王国初代国王が所持していたという魔法剣には黄色の魔法石が埋め込まれていたというけれど、剣の柄に埋め込む程の大きさって……。
想像が付かないというか、相当希少なものなのだろうな……。
魔力を持った強い石というのは、剣士の鍛え抜かれた剣と同じ役目を果たす。
その石が魔力の伝達精度を上げてくれるのだ。わざわざ魔法陣を紡がなくていい。
剣が魔法陣の役割を担ってくれる。魔法剣を持った魔導師は剣士にも遅れを取らない。
剣の役目も魔法陣の役目もその剣が担ってくれる。
言うなれば普段は丸腰で戦っているようなものだ。
やはり剣士が剣を持つように、魔導師は魔法石を肌身離さず持ちたいところ。
「シリル様、これを私にですか?」
「そう。いらなかった?」
「いえ、想定外のものですが大切にします。とても良く出来ていますから」
「そうでしょ?」
「はい。造形師の愛を感じます」
「愛? は分からないが、技術は感じる」
「愛と技術は同義なこともしばしばです」
「そう?」
「そうですとも」
「それでも良いけれど」
「……ありがとうございます」
愛しいあの子ではなかったけれど、これはこれで素晴らしいフィギュアだ。
「枕元に置いておくといい」
「枕元ですか?」
「そう。誓って枕元へ」
「なるほど」
二度目の念押し。
「分かりました。ちなみに水晶に込められた魔法はなんでしょうか?」
「それは秘密」
そうきますか?
「知りたいです」
「適切な時に知るだろう」
……適切な時……というかそれは有事ではないのですか?
「変なのではないですよね?」
「変なのは闇の魔導師にしかかけられない。雷の魔導師が術者というだけで『変』は除外される」
「…………」
なんだろう。普通に考えれば『雷撃』となりそうだが。
「大切にします」
「嬉しいな」
「少しずつ他の賢者も揃えますね!」
やっぱりここまできたらというか、まだ一体だが、七体揃えるのが王道だろうと思う。
「……いや、それは目指さなくても? 七体もあったら場所も取るしね?」
えー……。
せめて雷の賢者の横には紅の魔術師がいないと絵にならない。彼らは親友同士なのだから。
「集めます」
「そう?」
「きっと集めてみせます」
お高そうですけども?
そういえば値段付いていたっけ?
付いてなさそうだったよ?
見た記憶がない。
でも、贈られた物の値段を聞くなんて野暮過ぎて出来ない。
もう一度、お店へ行って聞けばいいかな? 王都に帰ったら、また直ぐに行こう。
今度はゆっくりとお茶もするんだ。賢者達の集う庭で。
素敵な中庭だったよね?
あそこでお茶を飲んだらさぞかしその気? になるに違いない。
その気とは、集う魔導師みたいな気持ちだ。
集う魔導師がどんな気持ちだったかというと、そこまでは分からないが、仲間と一緒にホッとする感覚かもしれないし、やってみないと分からないが、分かるためにもやってみたいかな? とかそう思う。
ついでに美味しいものが食べたいな? スコーンとかどうかな? 考えるだけでもお腹が空いてくる。エース家というのは、なんというかちょっと手を伸ばすと焼き菓子に手が触れるというくらいの、何もかもが潤沢な家なのだけど、シトリー家は手をどんなに伸ばしても食べ物に無造作に触れたりはしない。右も左もスギナ茶だらけなんだよね? 雑草も乾燥させたり、煮たり焼いたり出来る物もあるけれど。一応食べ物なんだけども。一抹の寂しさが拭えない。この草生活も懐かしいとか何というか。初春の方が芽が柔らかいよね? とか思う。
「お店の方は一時騒然としたけれど、綺麗に纏めておいたから大丈夫だよ? 風の突風魔術が突然発動したというオチにしておいた。苦しいが、流石に転移魔術だというのは不味い。王都に転移ゲートがあるなんて神話の中だけでいい代物だから」
「そうですね」
私は父とアシュリエルズバーグの遣り取りを思い出していた。
ゲートを作る場所は王都であり王領ではないところ。
そんな風に言っていたから。
最悪、『魔導師達が集う庭』に転移ゲートがあると噂が立つかもしれないが、それは虚偽な訳だから。真実の場所は違う場所。
「不思議なお店ですから、不思議なことが起こっても、店内の雰囲気に内包されるかもしれませんね?」
だって、あそこは店員が全て魔導師の格好をしていて、商品は魔導師のグッズだし、ワンド等も売っていた。もちろん模造なんだけど。でも魔術イベントも悪くないのかもしれない。あそこのお客さんは十中八九魔法好きなんだろうなと思う。