403【01】『昔の私と今の私』
4章④開始いたします。
私は魔力が過集中状態に入って意識を失ったのだが、その後どうなったかというと、魔力回復の聖魔法と体力回復の聖魔法とリフレッシュが、魔法陣無起動で暴発して、屋敷中というか屋敷近隣周辺まで無意識化で聖魔法が展開され、使用人一同魔力酔いの状態になり、彼らはフラフラしてその場にへたり込み、端から見ると、屋敷全体が大災害にでもあったような状態であったらしい。
ただし、旅の御方――……というかシリル様とルーシュ様は聖魔法の展開により私達よりむしろ元気に回復したとか……。回復したとたんシリル様は涙目になりながら、不意を突かれた、なんてことだ、僕が隣にいながらなんたる失態。手を出すなよ? 出さない規約だろ? 輪廻の円環を抜けるまでは? そうだろ? 口約束はしていないが、暗黙の了解だろ? なにどさくさに紛れて襲ってんの? どういうこと? ロレッタは候爵令嬢で僕の準婚約者予定なんだよ? あくまで予定だけど? というか偽装婚だけど? それにしたって手を出していいいわれはない。どう責任取ってくれるんだ? ……いや待て、責任なんか取らなくていい、取られたら迷惑だ。などと止めどなくなく一人ごとを言い続けていたらしい。屋敷の者が、魔力に酔いながらもずっと聞かされていたらしいから明白。
なんとお二人はシトリー領までの道のりを一日で踏破したらしい。休まず騎馬で駆け抜けた。途中、馬にポーションを与えながら、夜道を照らす炎の魔術を展開しながら走り抜けたとか……。どんだけ……? つまりは道なりに蒼い炎を紡いで、道を照らしながら馬を駆けたということだ。この距離を……。それはルーシュ様といえど魔力切れになる。走りながら、魔法を起動させ、それを夜中だ。十時間くらい? シトリー領までは馬車で三日かかる道のりだ。それを、ぶっ通し。恐ろしいとしか言い様がない。逆にシリル様は魔術展開をしていないことになる。ああだから、倒れている旅の御方――ルーシュ様とシリル様なのだが、私はよりしんどそうな方の方に先に駆け寄って水を提供した。それがルーシュ様だったと。
馬にポーションを与えながらというから、最後の方は自分ではなく馬を優先にして与えていたのかな? 馬の方はお庭で草をはむはむしていたらしい。水と砂糖を魔力酔いが収まった使用人が上げたらしいが、馬すら若干の魔力酔いだったらしい。私の聖魔法……本当に迷惑という……。
ルーシュ様はというと、お元気になられたシリル様に胸元を掴まれて挑まれたらしいが、「ごめんごめん。ちょっとだけだから? 無意識?」とか笑っていたらしい。ちょっとだけってなに? ちょっとじゃないよ? 結構長かったよ? 無意識ってなに? あれ絶対意識あったよ? だって「昔みたいにして?」ってむかむむむむかむかしむかっ。私は思い出す度に赤面。だってだってだって、あの憧れのルーシュ様が、なんというか私の御主人様が、間違い? というか事故? というか、人違い? というか真実は何なのか分からないが、侍女の私に、私に――っ
そこまで考えて身悶えそうになったら、目の前のシリル様に睨まれた。気を失った私は自室のベッドに運ばれたらしく、そのまま朝を迎えたのだが、朝一でシリル様の来訪の知らせがあり、というかシリル様とルーシュ様はゲストルームで休まれていたらしいのだが、とにかく三者三様の夜を過ごして今だ。
ルーシュ様はそのまま客室で休んでいるらしく、シリル様だけが私の自室に朝一の来訪。そして私の様子を窺いながら、何かずっと喋っている。私が気を失った後のことと、それからその他もろもろのこと、二人の旅のこと、私が転移してから直ぐに準備を整えて出発したこと、それで……ルーシュ様の出会い頭のあれは、長旅の後の事故のようなものだから、忘れるようにと。使用人一同には箝口令を引いたから大丈夫だとか。使用人には水を口移しで飲ませたことになっているとか、侯爵令嬢が侯爵令息とそのようなことをしてはいけないから、聖女として旅人を救ったことにしたからとか、兎にも角にも知りたいことはきっと全部聞いたのではないかと思う。ついでにメイドが言っていた訳の分からない戯言も握りつぶしておいたとかおかないとか。戯言ってあれかな? 闇の賢者の部屋で一晩を明かしたとか明かさないとかそういう? もう、旅の御方――だからルーシュ様とシリル様なんだけども、衝撃でそんな小事は吹っ飛んでいた。いや確実に吹っ飛んだね。塵芥だね。それはそうと、私はなんとなく事の成り行きを理解した。
いや……なんか色々大変だったなーとか。そんな風に思う。
私――御主人様に――キス
されちゃったんだ。きゃっ。
となったらシリル様にまた睨まれた。
「……ロレッタ、何か嬉しいの?」
「…………いえいえいえ、そんなことは決して。ええ決して。でも感触が……。温かくて柔らかくてこう想像したり思い出すと『きゃっ』となってしまうのです。それはもう女の子ならいたしかたがないことなのです。だってルーシュ様ですよ? 六大侯爵家筆頭エース家の次期当主であり、魔法素養もこの国で一二位を争う方。その上、職業安定所で路頭に迷っていた得体の知れない女子に手を差し伸べてくれる程の懐の深さ。女の子の憧れを絵に描いたような存在ですよ? ――事故といえど? 例え事故だとしても? あれ? 嬉しいのかな? 私嬉しいんでしょうか? シリル様、どう思いますか?」
「――っ それ僕に聞く? 王太子である僕に聞く? 君と準々々々婚約者の僕に聞く? 僕だって思い起こせば昔から、そうそれはもう昔から、生まれた時からと言っても過言ではないほど昔から、女性に人気があったはず? 決して気のせいではない。僕だって六大侯爵ではないが、七賢者の末裔で、その中でもエース家を抑えて王になっている雷の魔導師の系譜で、ルーシュを国で一二位の魔導師というが、その一位と二位を争っている魔導師とはきっと僕のことで、気のせいじゃないしっ。僕だって君が職安で路頭に迷っていたら喜んで王太子の侍女に迎えた。そこも自信がある。もう間違いないくらいの自信だし」
「…………」
……なにか……めちゃくちゃいっぱい喋ってる。シリル様。早口?
「そもそもロレッタは職安で路頭に迷っている不審者じゃないし? 聖女だし、貴族だし、ロレッタじゃないか?」
ロレッタって……。
それは名前なんですけども?
しかも私達準々々々婚約を結んだことはない。
なんだろう? この言葉。聞いたことすらないな。
「………………シリル様もおモテになると思いますよ?」
そこは間違いない。ご自分でも自覚していらっしゃるようだが……。
「『も』とかついでみたいに言われた……」
「シリル様、格好いいですよ?」
「……ホントに?」
私はコクコクと頷く。
ホントホント絶対に本当。
誰も意義を唱える人はいないと思う。
「君はどっちが格好良いと思うの?」
「え?」
「ルーシュと僕、どっちが格好良いの?」
「…………」
えー。
それは答えようのない質問。
「二人ともです」
「選んで?」
「選べません」
「君が選べなくても選ばなければならないんだよ?」
「…………」
私は少し困って首を傾げる。
そんな私にシリル様は再度言葉を重ねる。
「いつか必ずそんな日が来る」
その言葉に私は首を横に振った。
「私はエース家の侍女ですから。御主人様と御主人様の友人を比べたりはしません。もしも比べる日が来たなら、それは格好良さとかそういったものではありません。永久不変の忠誠心です」
「それは主人であるルーシュを選ぶということだね?」
「選びませんということです。そして騎士は主人を裏切らないように、侍女もまた御主人様を裏切らないということです」
「君が僕の侍女だったら?」
「……どうなのでしょうか? 想像もつきませんが」
私は少し微笑んでシリル様の方を見る。
「じゃあ僕にも聖魔法を展開して? 一番効果的な方法で」
「効果はどんな方法でも一緒ですよ?」
「そんなことはない」
「……でも、本当ですよ?」
「じゃあ、ルーシュにはなんでいつも?」
「え?」
「『いつもみたいに』って言った」
地獄耳ですか? シリル様。
「聞いていたのですか?」
「ハッキリ聞こえた」
「凄い聴力ですね?」
「聴力にも視力にも触覚にも自信がある」
「触覚ですか?」
「触角じゃないよ? 触覚。皮膚感覚のこと」
「……えー……」
昔みたいにして?
正確に言うと、わたしはそう言われたのだ。
けれど――
私は『昔』が分からずにいた。
昔はいつ?
どこにあるの?








