401【37】『ポーションProgramⅤ』
「とんだ伏兵ですか?」
「とんだ伏兵だ」
私は首を傾げる。
「なんのお話でしたっけ?」
「気にするな」
「気になります」
「気にした所で、結果は変わらない。そういう部分を気にしていると、前に進めない。お前は理論の確立だけに心血を注げ」
「…………はい」
「それで?」
「…………」
即されて私は椅子に座る。
流石に立ったまま話し続けることは出来ない。
でもタイミング的に上着は取りに行きそびれた。
だが、もう話すしかない。ここで話さなければ、掴みかけた糸口が霧散してしまいそうで怖かった。早く。私以外の誰かに伝えたい。人は人に伝えることで、理論を具現化するのだ。つまりは頭が整理されるというかそういうこと。
ポーション。
時の止まった空間で作っていたポーションに拘っていたから迷走してしまっていたのだ。この件はポーションじゃない。魔術だ。直接聖魔法を紡いで執行するのが近道なんだ。私はその件に夢で気づかされた。そうクロマルの夢で。
私は夢で見たことを何の前置きもなく喋り出した。喋って喋って喋ってそのまま早口になり興奮して、目が爛々として、何か研究ハイのような状態に入って行った。私は今日という一日、というか日を跨いではいるが、この人に向かってどれだけ喋り尽くしているのだろうか? きっともう直ぐ十二時間以上になるな? 半日とは恐れ入った。そんなことを頭の芯で考えつつ、最後は何を言っているのだが分からなくなり、倒れるように寝たように思う。――その場で。ええ闇の賢者の部屋で寝落ち。そのまま随分と深く眠った気がする。次に起きたら私は具体的な執行準備に入らなければ、どの魔法陣をどの展開手順で行うか。オリジナル式を構築しなければ。この執行は長くなる。なんせ、それは私にとって初めてのことなのだ。未経験で実践をしなくてはならない心細さと、闇の魔術師との呼吸を合わせなくてはいけないことが、私の心を若干怯ませる。
聖女の聖魔法執行条件一。元より悪くするな。これは絶対遵守の法則になる。もしも組織が先導をしている件であったなら、止められたかもしれない。だって第五聖女は生きている。目が見えないが生きているのだ。命に別状はない。ならばリスクを冒す必要はないという結論だ。
――でも
理論は確立した。あとは出来るか出来ないかなのだ。
ちょっと植物の茎や葉を使って実験してみようか。
害がないように水を移動させるのだ。
聖女の聖魔法執行条件二。人体及び動物実験はしないというルールがある。
これは聖女が聖女であるゆえん。
神は殺生をしない。
聖女もまた殺生はしない。
してはいけないと定められている。
それは抽象的な概念ではなく、そうすることによって聖力が弱くなると言われているからなのだが。
神の前で命は全て平等であるという大前提に基づいている。
神は人間を愛し、精霊を愛し、エルフを愛し、ドワーフを愛し、獣人族を愛し、小さな愛しい動物も、大きく逞しい動物も愛している。聖女はそう教えられている。
聖魔法は生きとし生けるものを助ける為に、神に与えられた神の力の一部である。
神の望まぬような執行をしてはいけない。
それは神がお許しにならない。
属性を越えてはならないのと同じくらい強い教えだ。
聖女は神の愛し子だから。
ちなみに薬草などは容赦なく抜くので、教典には動くものと動かざるものの間にラインがあると言われている。
実際に魚や卵は試したことがない。卵は動かないよね? とか思うが。
蜂蜜は蜜だし。安心。でも蜂は危険。虫の命も奪ったりはしないけど? 害虫は? 過去の文献で大量に発生した害虫の駆除――読んだことあるんだよね? 確かそう、サイクルの部分に介入するのだ。あれは読み応えがあった。
そんなレム睡眠とノンレム睡眠を行き来しながら、苦悶の表情で寝続けていたのだと思う。明け方倒れるように寝てしまい、私はそのまま夕方を迎えようとしていた。そこで初めて屋敷内が騒がしくなっているのに気が付いた。部屋には夕日が差していて、辺りはオレンジ色に染まっていて、その場所に闇の賢者はいなくなっていた。
一人きりの夕刻。
今になってこの部屋には何もないことに気が付く。
机の上に書類があるだけ。
装飾品のようなものは何一つない。
結構長く滞在しているのに? と思わなくもないが。
余計なものが何もない部屋で、私は起き上がる。
アシュリ・エルズバーグはどこに行ったのだろう?
そしてなんで屋敷が騒がしいの?
頭の中にぼんやりとアシュリ・エルズバーグが言っていた『とんだ伏兵』のことを思い出していた。とんだ伏兵って何? だって伏兵って敵だよ? 想像していない敵ということだよね? それとも鬱陶しい敵とか? そもそも彼が口に出していた訳だから、伏兵という概念は無効だ。バレてるという話。
私はのそのそと起き上がって自分にリフレッシュを掛けた。
こうすると大分スッキリするし、身なりだけじゃなくて心身共にリフレッシュするな? などと考えながらローブに着替えるために自分の部屋に向かおうとしたのだ。








