393【29】『転移ゲート』
「よい話が聞けた」
「え?」
私とアシュリ・エルズバーグがゲートの仕様についてやいのやいの言い合っていたら、突然風の領主様の声が入ってくる。
良い話?
別段風の領主様に取っては、直接どうこうと影響してくるような話ではないのだが、領主様もシトリー領と王都をゲートで繋ぐのは賛成ということだろうか……。
「領主様にとってもよいお話でしたか?」
風の領主様は大きく首肯する。え? そんなに? どんなところが?
「シトリー領と王都が繋がるのは大変に便利だ。脱出路に使える」
「…………」
脱出路?
脱出路と言った?
脱出路…………。
話がきな臭いというレベルではなくなってきた。
脱出というからには、王都からシトリー領にという意味だよね?
だって、シトリー領から脱出なんてしなくても、そもそも門というか囲い的なものがないわけで、出入が管理されてない。
「風の領主様、近々脱出される御予定が?」
何か聞き方が異様に慇懃になってしまった。脱出とは穏やかではない。
「勿論だとも」
「…………」
勿論なんですね?
そんなハキハキと答えられても?
そうなんですか? とは返せない。
だってそれってもしかしなくとも――
「忘れられたエルフの子と封印されし精霊をかっぱらって来ようと思ってね?」
私の中の時が止まった。
多分、アシュリ・エルズバーグの時も、そして私の父である氷の魔導師の時も。
完全に三人の時間が止まった。
場に何の音もしない。
何の音も入って来ない。
クロマルですら……。
使い魔のクロマルですらアリスターのクッキーを食べ終えて静か。
というかうとうとしているね?
あらあら? 可愛いです。どうぞ私の膝などを枕に。
ところで――
えーっと……?
『かっぱらう』という言葉は領主様が使う言葉で合っているのだろうか?
風の大侯爵ではなくとも、貴族の口からかっぱらうとは終ぞ聞いたことがない。そもそも『てめえら、かっぱらって来い』みたいな言葉って、盗賊の親びんみたいな人が言うよね? 内容的にもさ? 風の領主様は何かを人からかっぱらう立場じゃない……うん。確実。
「かぱかぱかぱかぱ……かっぱ?」
私は動揺し過ぎて噛んだ。噛んだまま二の句が継げない。
「かっぱではない。かっぱらうだ大聖女」
「…………」
知ってるし。知ってますよ領主様。かっぱってそもそもなんですか? いや何処かで聞いたことがある? 確か東の果ての果ての国。そこの伝説の聖獣だっただろうか? いや分からない。図書館でチラと見ただけだ。兎にも角にも今は最果ての地の聖獣の話はしていない。興味はなくもないが。
私が謎の聖獣『カッパ』? に捕らわれている間、場は静まり返ったままだ。うん。私の責任じゃない。爆弾を投下したのは風の領主様ですから? そこ間違いありませんから?
「かっぱでもはっぱでもくっぱでもなんでもいいけどさ」
あ、静けさとショックから父が立ち直ったみたいです。くっぱってなんだろ? 只の語呂合わせですか? それをいうなら『せっぱ』とかの方が意味通じない? あと『すっぱ』とかさ? 『きっぱ』とかもぎりぎりどうかなー? 苦しいかなー?
「セイヤーズのタウンハウスに設置した転移ゲートで第五王子殿下を脱出させるで合ってる?」
「第五王子殿下と精霊だ」
「……まあ、そこはそうだけど。それは兄上に叱られるというレベルじゃないんだけど」
「そうか? 安心しろ」
「何が安心なんですか、翠の君」
「言わなければいい」
「……そういう訳にはいきません。兄上には全て伝えます。僕らはそういう関係なんです。そこは譲れません」
「言わぬが優しさだ。知らぬと言い張れる抜け道が用意される。例え感づいていたとしてもだ」
「……そうだとしても。それは距離の空いた関係にのみ通じる手法。僕らは全て共有します」
「そうか?」
「そうです。弟であるとはそういうこと」
「セイヤーズ侯爵領主がそんなちっぽけな心であるわけがなかろう。平気な顔で頷くであろうな? 我に恩に着せて」
「…………そんな気もしてきました」
「先程、水の一族が取り仕切ると聞いたが?」
「そんなことを言った気もしますね? もう少し合法的な方法の予定ですが」
「我だって合法的だ。賢者会議を所望した筈だが?」
「そういえばそうでしたね?」
「言葉の綾だ」
「そうでしょうか?」
「火急時の話だ」
「へー……」
「まあ、細かいことはいい。王都から瞬間で飛べるのは最良だ」
「それはそうですけども。まあ、全然細かくはありません」
「そうか?」
「そうです」
父と風の領主様が言い合いをしています。あれは永遠に終わらないやつ。
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