391【27】『安全値。』
父が私の髪を撫でる。私はそんな父を見上げる。
この人はどこまで知っているのだろう?
そしてどこから知ったのだろう?
いくら――
いくらセイヤーズが六大侯爵の一翼をになう大貴族だとしても。
王家に間者を送り込めるかというと、それは送り込めないだろう。
もちろん侍女の一人二人はいるのだろうが。
その人達が王妃の腹心か? というと腹心ではない。
王妃の腹心は王妃が嫁いだ時に付き従った侍女になる。
輿入れするのに、何人も侍女を連れてくることは出来ないが、それでも数人は許されている。それが王妃の腹心であり侍女になる。
では?
今回のような秘密裏に行われた乱暴事の情報はどこから?
父は表面上、いつだって穏やかだ。
私はこの父に厳しいことを言われたことがない。
でも別に、いつだって内心が穏やかか? というとそんなことはないのだろう。
彼は私が婚約破棄された時、第二王子をしっかりいなしていた。
やはりどこまでいっても大侯爵家の次男ということか……。
私は王妃陛下のお茶会に参加した時のことを思い出す。
あそこには土の魔導師と風の魔導師がいた。
彼女らは普通に考えて王妃の家の者ではない。
それぞれに風の領地の者と土の領地の者だと思う。
元々は魔法省の者かも知れない。
もっといえば九課の者。
王宮魔導師は王家のもの。
それは騎士で言う近衛と同じ。
王を守る魔導師達。
でも――
王とは?
それは今上陛下ともいうし。
または雷の王ともいう。
どちらにしろ、一部を後から知ったということになる。
もちろん出所は言わないだろうが……。
「お父様?」
「なに?」
「例えばですが、過去に聖女に暴行を振るった者は何処へ?」
父は私のその言葉に涼しく笑った。
「さあ? でも生きていないことは確かだね?」
「セイヤーズが?」
「……いいや? セイヤーズが確保出来れば大きな証拠になるけどね」
「では――」
口封じの為に既に殺されていた?
顔も知らない、あの時私を殴ったものは、既にこの世にはいないのか……。
同情する気はない。私をモノのように殴った人は許せない。
しかしながら――
命令を受け、断る術もなく、実行し殺されるという人生も些か虚しいものだということは分かる。
悔しくて、虚しくて、苦しい人生。
「お父様は、八日間の一人旅よりもアシュリ・エルズバーグの転移魔法の方が安全値が高いと考えているのですよね?」
「そうなるね?」
「私には八日間の旅の方が安全に思えるのですが」
そう言ったところ、父はクスクスと笑い出し、アシュリ・エルズバーグの方を見る。
「聞いた? 君の転移魔法が八日間の女の子の一人旅よりも危険なんだって? ロレッタからの評価が低すぎて吃驚だね?」
そう言ってまだ笑っている。
父、失礼です。
? 失礼なのは私か?
「だって、だって、だって、魔法には事故が付きものですし、旅の空での引ったくりなどは自分自身で対処できますが、転移魔法の座標が間違っていた場合、私にはどうすることも出来ないのですよ? 転移魔法というのは、魔物を前にして、もう全滅するしかない? というような追い込まれた冒険者達が一か八かでするものではないのですか?」
「何それ? ロレッタの好きな物語?」
「そうです。勇者とか冒険者とかギルドとかが詰まった冒険活劇ものです」
「へー……それはそれは」
「へーじゃありません」
「ありませんと言われても。時の魔術師が冒険者をやっているということが、アクランド王国では考えにくいから」
「確かにそうですけども? でも転移の魔石というもの存在するとかしないとか」
「転移の魔石が存在するのなら、それは時の魔術師が作ったものになるね」
「そうなりますけども」
「アシュリが転移魔石を売るわけはないかな……」
「それもそうですが」
私は考え込む。
「じゃあ、毎回こんな急な転移ではなく、固定座標のゲートを作るとかどうですか?」
「固定座標のゲートね……」
「そうです。古のゲートが何処かに隠れているやもですし」
「ふーん」
父はアシュリ・エルズバーグをチラリと見る。
「固定ゲートは難しいだろうね?」
「何故ですか?」
「固定ゲートを設置する為には、ゲートポイントを置く領地の領主の許可がいる。当たり前だよね? だって領と領が繋がってしまうのだから? 危機感を感じる領主も少なくないし、逆にチャンスと捉える領主もいるだろう。アシュリは基本的にシトリー領を何処かのパイプと繋ぐのは嫌がりそうだし、王都側の許可者は王だよ? 王妃に筒抜けになる」
父がそこまで言った時、アシュリ・エルズバーグの声が上がる。
「いや、一時的ならば固定ゲートを置くのは構わない」
「えー……。王妃にバレバレのゲートを置くの?」
「置くわけないだろ」
「だよね? じゃあどうするの」
「勝手に置く」
「は? それは違法だよ?」
「今更気にしない」
アシュリ・エルズバーグの言葉に父が首を振る。
「シトリー領当主の僕が気にする。というか一発で捕まる」
「大丈夫だ? 王都であって王領ではない所に造ろう」
「…………」
父は少し逡巡する。
「――っ」
その後、声にならない声を上げて、頭を抱えた。
「兄上に怒られる」
「姪の希望だと言え」
「酷いな君は」
「ついでにミリアリアの名前を出せばいい」
「酷すぎて言葉がでないよ」
「大丈夫。所詮兄弟領だ」
「シトリー領は弟領と呼べる程大切な領地ではない」
「これから外せない領地に育てるんだよ」
「ほう」
「納品やらなんやらで大変便利」
「…………」
「お前の研究室辺りでどうだ?」
「…………」
父は、「兄上申し訳ありません」と何度も何度も口の中で呟いていた。
ちなみに私はというと、父から遅れること五分くらい、やっと治外法権が認められている特別なタウンハウスを思い浮かべていた。








