【039】『氷の魔導師』
ロレッタは領地から遠路はるばる王都に来る両親を迎える準備をしていた。思えば結婚の儀で招くのではなく、婚約破棄で招く事になってしまった両親があまりにも不憫であった。親不孝にも程がある。
乗った事も無い豪奢な馬車が停まる。王家が手配した馬車だ。という事は両親の旅費は王家が出した事になる。では滞在費は? と考えると王宮では無くエース家に泊まるのだからエース家が持つのだろうか? いや、流石にそんな事はあるまい。なんせ全然関係ないのだから。きっとエース家から王家に請求書が行くやつだ。エース家はその辺り抜かりがない。
父と母に謝らなくては、心配ばかり掛けさせてしまう。しっかりしなきゃと思うのに、私はいつまで経っても親に迷惑を掛けてしまう。恥ずかしい、顔向け出来ない。そんな風に悩んで下を向いて出迎えた所、到着した父に下から覗き込まれた。
「ロレッタ泣いてるの?」
「泣いてませんよ? お父様。水の魔導師は涙など自由自在に操れるんですよ」
「へー……」
それは不憫な特技だね。と父は小さな声で呟いた。いやもうあなた様が不憫だよ? と心の中で突っ込む。領地は借金まみれ、娘は婚約破棄。婚約破棄ってそうそう無いわよね。あっても円満解消か家同士の意見の相違みたいな。娘がパーティーで一方的に婚約破棄されるって、親としてはどうなのだろう。メンツは丸つぶれな気がするけど。
父は薄い空色の瞳にシルバーブロンドの髪をしている。私のブリザード配色は完全にこの父から遺伝したもので間違いない。いつまでも青年みたいな人だ。といってもまだ三十五くらいだろうが。年齢不詳だと思う。苦労が顔に出ていないわよね?
「少し休んだら、城に行くからね。迷惑掛けちゃってゴメンね」
「……良いんだよ。久しぶりに王都にタダで来られたし。観光もして帰る予定だよ。しかも観光代も誰かが出してくれるんだよ。嬉しいよね」
そう言って父はニコニコしていた。父平和だな。これから恐ろしいことが始まるのに。その後観光って。のん気というか図太いというかマイペースというか。掴み所の無い人だよね。誰かって? 観光代出すの誰よ? 流石に王家な訳なくない?
「ああ、でも兄上に顔を出すように言われているんだよ。困ったな……。逃げ回っていたのがバレたみたいだ。ああそうだ、聞かなかった事にして置こう。聞いたのは王都を出た後ということにして流そう」
「それじゃあ伯父様に怒られませんか?」
「……最近は会えばお説教でさ。直接聞くより手紙で貰った方がましだよ? 子供の頃は双子みたいに仲良しだったんだけどね」
お父様、もう少し真面目になって下さい。真の不憫は伯父様だろうか……。
「やれ、お前は領地経営がずさんだ。やれ魔法学の研究を続けろって。僕は感性タイプだって言ってるのになー」
少しは研究して下さい。父に取っては婚約破棄よりも伯父様への面会の方が比重が大きいのかしら、ちょっと不敬な気がする。
「……でも、お小遣いを貰えるかもしれない。行くべきかな? ロレッタ」
良い大人になって、兄から小遣い貰うな! ホント止めて! 伯父様、私が代わりに謝ります。でも婚約破棄された事をきっと怒られそう。一時間くらいお説教されるかもしれない。
「ロレッタ? 王都観光は一緒に行けるの?」
父の後から降りてきた母は、開口一番そう言った。父も父なら母も母。普通父親が呑気ならバランスとして母はしっかりするものじゃないのかしら?
「ママ、欠席しちゃ駄目かしら? どうせ当主しか用ないわよね? こういうの。胃が痛くなる事は避けたいわー」
この人、間違いなく私の母親だわ。思考回路が一緒だもの。私もルーシュ様に聞いた時、欠席したいと言ったし。ああ、性格はこの人に似たのかしら? だからどちらかというと弱気でうっかりしているのかしら。
ルーシュ様は朝からお出かけになっているし、私はこの両親と少し休んで城に行こうと思う。あの日以来の王城になる。服は聖女の正装で行く。第二聖女はその証としてベールに線が二本入るのだ。式典や公式な行事に着たり、慰問活動の時に着るものだ。白の聖職着。第Ⅰ種制服のようなものだ。ちなみに簡易版のⅡ種もある。