385【21】『可愛く彩るものたち。』
私が目を三日月のように細めてアシュリ・エルズバーグを見ていると、彼と目が合う。
まあ、合うよね? 結構じっくり見ていたから。
何というか……クッキーを物欲しそうに見ているのかな? と観察していたのだが、彼の表情は最初から最後まで変わることはなかった。
ポーカーフェイスなんですね?
内心もそんなに平静なのですか? どうなのですか?
私は口に出すのは勿論怖いからという理由で、アシュリ・エルズバーグに内心で言いたい放題突っ込んでいた。
思えば彼も寂しいものですよね? 最愛の息子? と十年近く離ればなれなのですから。
副院長先生はね……、孤児院の副院長先生は、塩の大袋を持ってうろうろしていたみたいなので、面識はあるのだが、彼は全くと言っていいほど接点がないのではないかと思う。
それに比べれば、私は毎日アリスターの焼き菓子を食べてるわけで、彼にとってはとても羨ましい立場なのではないかな? どうなのかな?
私の瞳は三日月を振り切って、新月になりそうですよ?
「ユリシーズ」
「?」
私がニヤニヤしながら見ていた相手は、当人の私ではなく、私の父に話を振った。
「君の娘がとても失礼な目でこちらを見ている」
「ああ」
父は返事をしてから、横に居る私を振り返る。
もちろんニヤニヤ顔は父に見られました。
身内ですし。というかお父様だし。
しかも厳格なタイプではなくユルめの。
父はニヤーっとしていた私に手を伸ばして髪を撫でた。
「こういう顔のロレッタも可愛いね」
「可愛くはないな」
父の親馬鹿なセリフに、アシュリ・エルズバーグが素っ気なく答える。
「君の目は大丈夫かい? よく見てみなよ、ミリアリアにそっくりだろ」
「全然似ていない。そもそも第二聖女はユリシーズ似じゃない。顔の作りは伯爵夫人似だ」
「へー……。まあ僕よりも妻似だけどね? でもふとした表情が似ているだろ?」
「……似ていないな。ミリアリアはあんな失礼顔しないだろ」
「何言ってるの? ミリアリアだってとっても失礼な、三日月のように目を細めて僕たち兄をニコニコしながら見ていたよ。そっくりだと思う。今、鮮明に思い出したね。兄上と僕が話していると一定の距離を置いて、じーっと見ているんだよね? 気配を消すようにしてさ、飽きもせずずーっとだよ? 逆にこちらとしては、見ていたことに驚くこと数百回といったところだよ」
「……ふーん」
「今、想像したでしょ?」
「……いや、ミリアリアがすれば普通に可愛い」
「はあ!? ミリアリアはもう三十になるよ?」
「ユリシーズは三十を舐めているのか? 充分に可愛いものは可愛い。ミリアリアは何歳になってもずっと可愛い。可愛くなくなる日など永遠にこない。小さな少女でも可愛い。髪が短くても長くても可愛い。放浪の旅をして、身なりに気を使えなくても可愛い。兄のくせに全然分かっていないな」
「…………」
お父様はアシュリ・エルズバーグの言葉にふと沈黙した後、スギナ茶をとってアシュリ・エルズバーグに掲げる。
「君の深すぎて重すぎる愛に乾杯」
そう言ってお茶を一気に呷る。
熱くない?
お酒じゃなくてお茶なんだけど。
そう思ったのだが、父の手元でキラキラとした氷が弾けていたので、ああ氷を入れてアイスにしたんだ……、何だろう? 変なところでちゃっかりしている。
そんなお父様を尻目に、私は私で勝手に別方向に感動していた。
なんですか今の底なし沼みたいな愛は。
深っ。
底見えなっ。
しかも、躊躇いも躊躇もなく言い切った。
迷いも何もないんだ。
私は三日月のような瞳反転で、大きく見開いた瞳に涙が滲みそう。
一人の人間の深い愛。
底のない感情。
実際、こんなお茶の席で平気で公言出来るくらいだから、揺るがない自信みたいなものがあるんだろうな…………。
ミリアリア叔母様の恋愛って、私と第二王子がしていた紛い物の婚約とは全然違う。容姿も身分も全て越えた部分で繋がっているんだ。彼女が彼女であることが唯一無二の価値なんだ。叔母様、素敵です!
「あの、結婚式はいつするのでしょうか? 私、姪なので色々支度を手伝いたいと言いますか、この前お目にかかったローランド伯父様と同じような蒼い髪にする魔道具を贈ろうと思っているのです。出来れば結婚式に着けられるような、海の雫と呼ばれる宝石でもいいですし、当日に付ける髪飾りと同じデザインで揃えたいのです。私、闇の魔導師、アシュリ・エルズバーグの底の見えない愛の応援? とまではいきませんが、ミリアリア叔母様には幸せになって欲しいんですよね? ちなみに目の色を一時的に変える、例えば、二時間とか半日とかそういう単位で変えられる目薬も開発しようかな? なんて思っています。結婚式の日に間に合わせますので、ぜひ教えて下さい。ローランド伯父様と同じ蒼でいいですか? ちなみに目薬は悪用されても困るので一般販売はしないと思いますが」
早口で喋り切った。髪色を変える髪飾りを作りたかったのだ。
いつも作っているリングタイプのものではなく、女性がつけると、少しキラキラっとして、可愛らしくて、結婚式のような式典ではサブの飾りで、普段はメインの髪飾りとして。
「ロレッタ?」
「はい、お父様」
「結婚式の日取りはまだ決まっていないけれど、髪飾りの件は兄上に伝えておこう。セイヤーズの姫は式には必ず真珠の髪飾りをつける。真珠は兄が用意するだろう。セイヤーズ本家に伝わるものではなく、ミリアリアの財産として、専用のものを購入する気がする。新しく作るのならば、ロレッタのイメージしているものも注文しやすい」
新品の髪飾りを注文するのですね?
だったら真珠を一粒だけ、別のピンにしてもらって、それに魔力を籠めてみよう。
でも真珠を使うならば、小さな守りの護符と二重掛けにしたらどうだろう。
私ではなくお父様にかけて貰ったら、強い護符になるに違いない。
そうしよう。
「ミリアリアの髪は湖の底のような、澄んだ蒼色。兄上とよく似ている色だったね」
そう言って、父は少し遠くをみるように笑った。
この投稿が、今年最後になる予定です。
作品を読み続けて下さっている皆様に一年中の感謝を。
そして、来年、変わらずに会い続けることが出来ますように。








