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384【20】『クッキーとクロマルと三賢者』


Christmas投稿にぎりぎり滑り込みです。



 クロマルは私の手に持ったクッキーを美味しそうに食べ始めた。

 しょりしょりと一口食べて、私に向かって笑顔を向ける。


 …………(悶っ)


 可愛いんですけどっ。

 悶死レベルなんですけど。


 私もつられるように笑顔になる。

 お互いの笑顔と笑顔が重なって、ぱーっと。何か脳からドーパミン? じゃなくてセロトニン? でもなくって幸せ物質と呼ばれるオキシトシンがぱーっと。ぱーっというかどばーっと。そんなものじゃなくてどばどばどばーっと。滝ですか泉ですか最早海ですかという量が出た。尊いんですけど。存在が愛おしいんですけど。そこにいるだけで希少生命体なのですがっ。



 場には私とクロマルの笑顔とクッキーの咀嚼音だけが溢れて静か。

 あれ? 私、小スライムと二人の世界を築いてしまっただろうか? 最高です。





 ここにいるお三方は、アクランド初代国王の盟友の末裔。

 王と共に建国をなした偉大な方の縁者。

 しかしながら、誰も何も話さない。

 クロマルの咀嚼音しか聞こえない。

 この咀嚼音すら愛おしい不思議な生き物です。

 空間すら尊い。



 咀嚼音と言ってもそこはスライムだから、何か違うんだよね?

 揺蕩う万物の水の中というか。ぷくぷくぷくぷくという、水疱のような……。

 不思議な音。しょりぷくとぷんしゅーといった感じかしら?

 そもそもが小さなクロマルなので、クッキー一枚といえど、クッキーの方が大きいんだよね? 自分より大きな甘いクッキーという存在もなかなか希だよね? 私より大きなクッキーなんて想像出来ないから。クロマルにとっても、ある意味夢というか、無限クッキーに見えるのかな?



 気付くと私達全員、もれなく三賢者の末裔たちも、その不思議な咀嚼音に耳を澄ませている状態だった。


 シトリー領って平和。

 なんだか無性に平和。

 時の流れがスライムと同化してもオッケーな遅さなのかも。


 領というものは、領によって雰囲気が違う。

 働き者の領もあれば、貧しい領もあって、緑が豊かな領もあれば、砂漠の領もある。環境によって周りの音も違うし時間の流れる早さも違うと言われている。明らかに王都は早い。


 シトリー領というのは土壌が痩せていて、あまり農耕には向いていない。なので朝早く起きて農作業というような領ではない。痩せた土地に少しの山羊。家畜のペースで生きているからか、それとも活動エネルギーが少ないからか、区分としては貧しくのんびりとした土地柄だ。貧しくて働く量が多い領もあり、貧しくて暇な領もあり、裕福で忙しい領もあり、裕福で優雅な領もある。色々。土地の雰囲気というものだろうか。


 砂漠の民も、そんなに齷齪(あくせく)と働くイメージがない。そもそもが暑いという。


 スライムの咀嚼音を聞いていたら、領の環境まで想いが馳せてしまった。

 随分と遠くまでいってしまって驚く。

 私以外の皆はクロマルの咀嚼音を聞いて何に思いを馳せているのだろう?



「このクッキーはルーシュ様が引き取った孤児院出身の子が作ったものなのですよ? アリスターというのですが、彼はとても召喚獣思いでですね、クロマルが好きな、クロマルというのは、ブラックスライムの名なのですが、クロマル思いで、その思いが大変に深くて、クロマルの大好きな焼き菓子作りに目覚めて、エース家の厨房でパティシエに習って、焼き菓子を作っているのです。これが大変に美味しくてですね、お勧めです」


 『お勧めです』と言って話を区切ったのだが、もちろん手持ちの焼き菓子はない、勧めておいて、そのものがないという状況も如何なものだろう? まるでお預けみたいであまり良い気がしないではないか?


「……あの、急なことでしたので、お土産とかはありませんけども」


 私がそんな言葉を付け加えると、その言葉に反応したのは意外にも風の領主様だった。


「問題ない、大聖女。時期とタイミングを見て、本体と繋ぐ」

「…………」


 ん? 本体? 本体とは? 本体とは一番大きなクロマル? つまりアリスターの元にいるクロマルと繋いで転移させるということ? お茶の時間にお菓子だけ? そうだよね? それで合ってる?


「勝手に判断しないで下さい。翠の君。繋ぐのはあくまでも闇の魔導師の判断ですよ?」

「いや、そこの賢い召喚獣が単独判断するのではないか?」

「まあ、詮無きものの場合は単独判断をすることもありますがね」


 詮無きもの!? 

 アリスターの焼き菓子は詮無きもの?

 お菓子だから詮無きものか……。

 そういう括りかぁ。

 まあ生命体に比べれば独自判断をしたところで、何がどうという問題ではない。

 現にソフィリアの街でも屋台飯がごっそり。

 その時のことを思い出して、私は笑いかける。

 あれは予期していなかっただけに面白かった。

 魔法陣を見れば直ぐにクロマルだろうと予測はついたのだが、屋台飯か……。

 意外に甘いもの以外にもしょっぱいおかず系もいけるんだな……などと再確認。



 闇の賢者アシュリ・エルズバーグにとっては詮無きものなんかじゃないでしょうね? だって息子の作ったお菓子ですものね? 食べてみたいんでしょ? そうなんでしょ? 私は三日月のように目を細めて、アリスターの父親であるアシュリ・エルズバーグをみていた。  






Christmasといえばクッキーが食べたくなりますね!

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