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SS『近くて遠い君の温度』



 聖女との握手券は、聖女のグッズを買うと付いてくる。

 それは主にポーション。

 ポーション自体が高いので、かなり人数は絞られてしまうのだが、お目当ての聖女の列に並ぶことが出来る。

 僕はというと。

 大人げもなく十枚購入している。

 大人じゃないけども……。

 しかも演奏会前に。

 自分ではなく侍従に頼んで。


 十回手を握ることが出来るわけなんだけど。



 シリルは雪の降る大聖堂前で逡巡する。

 沢山の庶民が、大聖女のハンドベルの演奏に耳を傾けている。

 隣に居る王太子に気付く者はいない。


 一枚はルーシュに渡そうか?

 そして僕が九回。

 九回も手を握ったら、相当印象が残ると思う。

 デモンストレーションになる。



 ハンドベルの演奏はオープニング曲は全員で演奏し、次に年少の学生。そして前期、前前期の聖女と続く。一時間で七曲くらいだろうか? 寒い季節だし、野外だからそんなに長くは出来ない。



 ――でも



 今期の第二聖女、エトノアール一期、一回生のあのハンドベルに仕込まれた治癒術は群を抜いている。魔術が一番広く広がっている。ハンドベルを鳴らす度に、魔力が後方まで届いているのだ。



 これだけの人数?

 これだけの広範囲に?

 治癒執行?


 多過ぎもせず、少な過ぎもせず、そうして偏りもせず。

 なんとバランスが良い魔力なのだろう。



 シリルはほうと息を吐きながら、この場に風のように優しく注がれる魔力を感じていた。

 そして体の中に灯って行く光の治癒術を感じる。


 ああこれは。

 慣れ親しんだ聖魔法。

 僕が知っている。

 この身に何度も何度も感じたことのある魔法。



 ――大聖女の光の聖魔法



 僕は、懐かしさとか、雪の冷たさとか、光の温かさとか色々なものを感じながら、周りを見渡す。最後列に並んだ人達は、眩しそうに舞台を見ていた。



 貧しそうだけど、どこか幸せそうで、でもどこか思い詰めている感じで。

 僕は一応視察という名の元に、この場にいるから、なんとなく全体を窺う。




 特に貧しそうなあの子達。

 最後列で固まるようにいる。

 彼らの身なりは一般人よりも更に貧しそうに見えた。



「……あれは孤児の集団だな?」


 ルーシュも気付いていたのか、シリルの耳元で呟く。


「孤児院の子供達?」

「どうだろうな? 孤児院を抜け出してきた子供達かな」


 孤児院は各領地の領主が管轄している。

 王領は王家が、公爵領は公爵が、六大侯爵家領地は、直轄地以外は各貴族達が。

 当然、目の行き届いていない施設も中にはある。

 そういうところの子供だろうか?

 王都の子ではない?

 足元を見ると、足に布を巻き付けている。

 服も布を巻いているような部分もある。

 一般の人に近づかないようにして、見ているようだった。



 僕は一番年長と思われる少年にそっと近づく。

 怪しまれないように、それとなく話しかけた。


「君らは、どこの領の子?」

「…………」


 怪しまれないように話しかけたはずだが、怪しまれている。

 うん。そうだよね? 商人は孤児に用はない。もし用があるのなら人買いになる。むしろ口なんか聞きたくないだろう。


「僕は人買いでも商人でもない。安心して」


 そう言ったら、少年はシリルにぼんやりとした目を向けた。

 人買いが人買いだと宣言する訳がない。

 これもこれで全然気休めにならない言葉だったかも。

 シリルは笑顔も付け加えた。


「………最後に、聖女様の光を見てみたかった。……ただ、それだけ……です。お邪魔でしたか?」


 少年は窺うようにシリルの瞳を一瞬見てから逸らした。

 少し怯えるような声。

 寒さで震えているのか、恐怖で震えているのか。

 質問に直接は答えていないが、少年は大人の意向を窺うような素振りをする。


「邪魔じゃない。聖女様の光は等しく皆のもの。邪魔な者など一人もいない」


 シリルの言葉に少年は少しホッとしたように息を吐いた。

 しかし、シリルは少年の言った、『最後』という言葉に引っかかりを憶えていた。

 最後とは?

 何の最後?



 子供の集団は一様に痩せていた。

 親らしい者はいない。


 この演奏会を見た後はどうするのだろう?

 どこに行くのだろう?



「ねえ、君」

「?」

「僕はお金持ちだから」

「え?」

「裕福なんだ」

「はい?」

「だからこれを君に上げる」



 シリルは十本のポーションを渡す。



「君、どの聖女が好き?」

「え?」

「ずっと見ていたからあるだろ? 誰が気に入ったとか?」

「……えっと、あの、髪しか見えませんが、銀色の髪の聖女様のベルの音が綺麗だなと……」

「ふーん」



 シリルは満面の笑みを浮かべる。



「見る目がある」

「は?」

「君は見る目がある」

「えっと」

「この握手券をあげるから、銀色の髪の聖女と握手をするんだよ?」

「…………」

「そうすると、君らの前に天使が舞い降りるから」

「……天使」

「そうとも。麗しい天使だ」

「…………」

「最後とやらはきっと忘れる」

「…………」

「なんせ君は天使と会うのだから」

「…………」

「人の命は貴重なものなのだよ。人を一人誕生させるためには、お腹の中に一年も身ごもってから命をかけて産むのだからね。分かるかい? 君の命はとても尊くて唯一無二のもの。全員でポーションを飲んだら、銀色の髪の聖女様と握手をする。すると君に恵みがもたらされる。そうしたら君にとって、銀色の髪の聖女は特別な存在。一生を掛けて推すといい」

「え? 推す???」

「そう。推すんだよ?」

「推す???」

「そう。一生味方でいるという意味だよ」

「…………」

「分かった?」

「…………はい?」


 首をしきりに捻っている少年の側を離れ、ルーシュの元に返る。


「ポーションを上げたのか?」

「ああ。投資だ」

「ふーん?」

「未来への」

「ふーん」


 ルーシュはニヤニヤしながら僕を見る。


「で、どうする?」

「握手会が終わったら、侍従に王都の孤児院に連れて行かせる」

「ふーん。で、お前は? 握手はどうするんだ」

「……来年する」



 ルーシュは僕を見ながら笑っていた。



「ハンドベルの演奏の視察は出来たな?」

「ああ」




 悔いはない。

 悔いはないんだからなっ。





聖女のハンドベル演奏会SS三部作でした。改稿作業を終えましたので次回から本編に戻ります!

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― 新着の感想 ―
シリル様、良い人!握手してあげて〜。
なんだかんだいってシリル様はやさしい!
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