377【16】『精霊の国』
アクランド王国は中央の王領と六つの侯爵領からなる。
王領の下に公爵家があり、六侯爵領の下に伯爵以下貴族の領地がある。
その大領地の一つである北のフェーン侯爵領。
そこが風の領主である翠の君の領地になる。
このフェーン領と隣り合う隣国がフェーン聖国。
フェーン領とフェーン聖国は元々一つの国を成していた。
小さな小国で、広い森に風がいつでも吹いている場所で、そこにはエルフの民が住んでいた。
アルフヘイムの真下ある土地だと言われている。
その森は精霊樹の落とし子だとも、そうでないとも。
あんまりにも昔のことで、エルフさえも伝え聞くばかりだというが。
アルフヘイムか……。
常春の楽園だといわれているエルフの故郷。
戻れない、戻ることが出来ない故郷ともいわれている。
精霊樹に守られた場所で、フェーン領のように雪も降らず、木々は実り、その実は生命の蜜だといわれている。
ある意味、そこはユートピア。
楽園と呼ばれるところ。
フェーン聖国は精霊王を頂点とした国なのだが、政治を司っているのは王族。
王族は精霊に選ばれし者。古の民。エルフ族。
エルフが世俗的な国を維持するというのは、あまり聞かないことなのだが、大陸に一国だけ維持している国があるのだ。フェーン領の全面支援を受けて成り立っている、精霊の保護区のような特殊な場所。
フェーン聖国の経済はフェーン領にかなり依存している。そもそもがフェーン聖国の女王は翠の君の妹。妹が精霊の保護を担当し、兄が俗世間との関わりと経済を担当しているようなものだ。
なぜフェーン聖国がアクランド王国に組み込まれないかというと、アクランド王国は魔法の国であり、フェーン聖国は精霊術の国だからという、術の成り立ちが違うので融和性がないといのが建前。別の言い方をすれば無駄に拗れるという意味。
そもそもフェーン聖国はエルフの国であり、フェーン領はハイエルフを領主とした、人間も獣人もハーフエルフもいる領になる。中心にある価値観も別方向に向かっている。
兄である翠の君が五百年もの間、人間の思考回路について勉強をしていると妹の女王が知れば、眉を潜めるのではないかな。
どのみちハイエルフは滅亡の種族。いつまでフェーン聖国をフェーン聖国として維持できるかは分からない。ゆっくりと時間をかけて、滅んでゆくのだろうか? それはそれで些か寂しい。栄華を極めた種族でもあるのだから。
翠の君は、その時を見越して国を二つに割った?
いや、それ以前に兄妹間の相違点が深すぎたのだ。
翠の君の妹は誇りが高く、他にも色々高く、これぞハイエルフとういうような人なんだよね……。
「氷」
「え?」
「何を考えている?」
「…………いや、国の未来とか、兄妹とか、兄妹喧嘩とか、そういう辺りの思考かな」
「失礼なことを考えていないか?」
「……いや、全然だよ? 翠の君の妹は未婚だったかな? と思って」
「未婚だが、あれは第五王子とは婚姻しないぞ」
「…………」
いや分かってるって。
どこをどうしたら取り違うの?
わざわざ言ってくれなくても、分かるから?
むしろそんな選択肢が出てきたことに驚いている。
千歳と七歳ってなんの冗談?
その辺りになると笑いも乾くという。
ところが、「第五王子とは婚姻をしない」と言い切った筈の翠の君が、一瞬の間を空けて首を捻る。
「…………いや? 思いもしなかっただけで、妹の婿? なしよりのありだろうか?」
「ないからっ」
ないないないない。
アクランド王国の誰にも忘れられた第五王子をフェーン聖国の女王に嫁がせるなんて? 翠の君に変な気を起こされては困る。でも隣国間の関係としては悪くない。そもそも第五王子の血の中にはエルフの民の血が……。ダークエルフだけども?
「よし。そろそろ頭の固すぎる妹に会いに行く時がきた」
「!?!」
ユリシーズは絶句し、黙って僕らの様子を窺っていたアシュリはスギナ茶を噴いた。
「「ちょっと待ったっ」」
ユリシーズとアシュリの声が被る。
「会いにいかなくていいよ。翠の君は何を言っちゃってる? それは暴走だから。暴走以外の何物でもないから。ストップというかステイというかそういう感じだから。それこそ賢者会議を通してよ?」
「こんな小事が賢者案件?」
「いや精霊と第五王子の関係との延長線で一緒に検討する案件だよ? むしろ自然な流れだという」
「フェーン聖国の王配がアクランド王国の第五王子とは今後非常に都合がいい。どういう方向に転んでも上手く纏められそうな気がしてきた。遠いエルフの血を継ぎし者が王子として生まれたのも何かの縁。つまりこのカードを上手く切れということだ」
「カードって!? 凄い露骨」
「ん? 人間の言葉だぞ」
「そうだけどもっ」
「使い方は間違っていないはずだ」
なんか自信満々に言い張ってる大領主がいる。
「人間が使う時は、もう少し内心で使うんだよ?」
「分かっている。陰謀を企てる時に使うんだろう?」
「陰謀じゃないんだけど!? 正当な対処案件なんだけど」
「そうだったのか?」
「そうだよ」
「氷?」
「何?」
「王妃を罠で絡め取るのだろ?」
「…………」
「それは陰謀というのだ。我は人間語に深い造詣がある」
「…………」
えー……。
魔法大国アクランドの大侯爵がまた何か言い出した……。
危険極まりないことを、ハキハキと口にした。
「………アシュリ」
溜息交じりにユリシーズはアシュリに話を振る。
「……良い仕事したね?」
「音声遮断の結界のことか」
ユリシーズの問いかけに、アシュリは二度も頷いた。
冷や汗が出るところだった。
あけすけにも程がある。
次から、どんな時でも結界。
むしろ結界のないところで喋るなと言いたい。
そういう心持ちでいよう。うん。大切。








