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375【14】『弔いの火』



 ユリシーズは翠の君の表情を窺う。相も変わらず無表情なのだが……。

 でも、こういう顔立ちの整った人は、綺麗に笑った時が怖い。

 

 捕らわれの者を迎えに――

 出口のない牢獄に――

 してはいけないことをしてしまった個体には死を――


 

 七賢者の末裔である血統継承者による賢者会議。

 魔導師が統べる大国アクランドにおいて、事実上の最高決議。

 ここで採決されれば、どんな権威者であろうとも逃げる術は存在しない。

 七属性最高位の魔導師を敵に回して、王と六大侯爵家を敵に回して、どうやって逃れるというのだろう。


 ――しかし


 それは王が王である時に最大の効力を示す。

 王太子であってはならないのだ。

 王太子はどこまでいっても王太子であり、王の子でしかないのだから。



「……第五王子のこと?」


 ユリシーズの言葉に、誇り高いエルフの君が頷く。


「七年前に王宮で事故が起きた。もちろん事故ではないのだが。事故として処理された。エトノアール王は妃に甘すぎる。王太子が二十歳になるのを待って譲位して頂く」

「…………」


 アシュリが少し周りに視線を配る。


「翠の君、あちらの部屋での話は既に終了したもようなので。傍聴の魔術からこの場の音声遮断魔術に切り替えを」

「……闇は警戒心が強いな」

「常識の範囲内です。マナーと同じ括りだから」

「そうか」

「そうです。無駄なことに巻き込まれて、時間と精神を無益に消耗するのは懲り懲りだという」

「なるほど。ある意味では闇は我よりも長く生きているしな」

「……生きているなんて言えるような生命の溢れた時間ではなかったけれど、まあ長さだけはとても長かったですね。少しだけ、そうほんの少しだけ寿命の長い生態の心が想像出来ると思います。あくまで想像だけども? 憂い部分もあるものだから」

「……憂い」

「言葉の意味から説明した方がいいですか?」

「……いや。意味は知っている。気分の晴れぬ憂鬱な時間だったということだろうと想像していた」

「概ね合っています」

「うむ。五百年の努力が結実だな」

「良かったですね?」

「ああ」


 アシュリ相手にそこまで答えると、翠の君は口の中で、精霊術を唱える。

 それは精霊とエルフの意志を繋ぐ言葉。しかし、もとより人間には精霊語が分からない。

 精霊語は精霊語を勉強すれば出来るようになる語学ではない。

 精霊が認めた者にしか使うことが出来ない特殊言語。

 使う為には精霊の許可がいる。

 精霊は誇りが高く、決して人間にその言葉を教えない。

 精霊は裏切りとか嘘とか悪意とかそういったものを殊の外嫌う。

 人というのは葛藤の生き物だから、悪という感情が生まれたり支配されたり囚われたりすることもある。一部なのかも知れないが、少ないというほど少なくもない。無視できない数。精霊を大切に思う人間だって、当然いるのだけれど、一方で精霊を捕らえる人間もいるから、信用が繋がらないのかも知れない。現に第五王子の件が最たる例だ。


「第五王子はエルフの子なの?」


 ユリシーズの言葉に翠の君は否定も肯定もしなかった。


「エトノアール王が戯れで娶った末妾。南方出身の舞姫。旅の一座の、その一座で踊る花形の美しい舞姫。その舞を見ると、心が清々しくなるという噂だった。そこに王が興味を持ったのか、もしくは側近の誰かが勧めたのか、そんな程度の余興の場だったのは間違いないのだが、美しく妖精みたいな人だったというから、その部分を見初めたのだろう。その者に自覚があったのか、それとも無自覚であったのか、分からずに終わってしまったが。遠い遠い昔、我らとは分かつ民。日の届かぬ場所に住まう者。落ちていった民のその末裔」

「……ダークエルフだと言うの?」

「…………」


 翠の君は難しい顔でユリシーズを見る。


「舞姫の髪は樹脂のようであったのだろう?」

「さあ、僕は直接見たことがないから」

「我も直接見ていない。興味もなかった。知りたいと思った時には死んでいた。精霊の声が……、空間を切り裂くような声が、届いただけだった」

「…………」

「――風の領地まで届いた」



 翠の君の白皙の肌が、より一層白くなっただろうか。



「あの声は今も耳の奥に残っている」 

 




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