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373【12】『魔力の弔い』




 風の領主である翠の君はテーブルに乗っているお茶を不思議そうに見ていた。


「この世には多種多様の草があり、茶に出来るものも多いのだが、人は香りの強い葉を好んで乾燥させる。その筈だが、シトリー領では領主の茶がスギナなのだな……」

「…………」


 ユリシーズは少し頬を赤らめて下を向き、アシュリは呆れたように溜息を吐いた。


「翠の君、素で言っている? この寂れた領館を見て? これが現実。シトリー領は財政が切迫しているから。スギナ茶を好んで飲んでいる訳じゃなくて、それしかないから仕方なく飲んでいるだけ。大方、庭に無造作に生えていたもの。それを庭の手入れがてら抜いた物を利用してお茶にしている。ただ、それだけ。香りとか味とかそういうのじゃないから」

「……………………」


 風の領主は薄緑色に染まった茶を眺めていた視線を外してユリシーズを見る。


「……そうなのか?」


 そう翠の領主に問われれば、ユリシーズは頷くことしか出来ない。

 その通りなのだから。


「氷も難儀だな」

「……まあ、それなりに」

「水の領地を継げばよいものを? あれは陛下が氷に下賜したものだぞ」

「…………領地経営は破滅的に才能がないから、兄に預かってもらっているよ。陛下も了承済み」

「…………なるほど。大領地を経営するなら、揺る温くはいられないからな。兄がその部分を代わってくれているのなら、氷がだらんとしているのも頷ける」

「自慢の兄だよ」

「そうか」

「兄の自慢なら夜通しどころか、七日七晩できるね? むしろ毎晩くらい? 今夜辺りどう?」

「うむ。今夜辺り聞くか。百年物の精霊酒を持って来たからな。皆で再会を祝おう」

「……百年?」  

「そうとも。百年前に自分で漬けた。自信作だ。景気よく振る舞おう」

「 …………凄いね。酒が時を越えて存在しているってとこが」

「時を越えているのは人間の前だけで、我が前では別にこの間くらいのものだが」

「この間?」

「そう、ついこの間。人間が果樹酒を毎年漬けるのと同じだ。人間も世代を超えて送っている酒があってなかなか健気」

「健気?」

「そう死んでしまうから、子に酒を託すのだが、自分が飲めない酒を未来に申し送るところが健気ではないか? 死ぬのだから飲んでおいた方がよくないか?」

「……まあ、二本あったら、一本は飲みたいかな? もう一本は未来に見送るのも悪くない」

「悪くないか?」

「……そう。自分の見るはずのない世界へ。自分は行けないけれど、自分が作った果樹酒は見る事が出来る。寿命の短い人間だから、そう思うのかもしれないね」

「ああ、亀より短いからな」

「そうそう亀よりもね?」 


 そう言って二人はスギナ茶を飲む。

 賢者が三人も集まっているのに、野草茶というのもなかなか趣が。

 お湯とスギナはたっぷりとある。

 ただしお茶請けがない。



「……大聖女が敷いた円環の輪か。ロレッタの命はロレッタの寿命へ返したいところだけどね」


 お茶を飲みながらのユリシーズの言葉に、翠の君はお茶を置く。


「円環の輪は完成された魔領芸術。我らが壊す必要はない」

「え?」

「我ら七人がこの国の賢者である限り、アクランド王国は滅亡しない。ならば聖女の命を以て繋いでもらうだけだ」

「……翠の君は大聖女と雷の王に幸せになって欲しいんじゃなかったの?」

「王には幸せになって欲しい。制限された寿命の中で精一杯な。でも轍を解くのは反対だ。いずれ世代が続けば弱体化し、大国の形を成せなくなる。そうすれば泥沼の内乱行きだ。また理不尽と沢山の血が流れる。不愉快でつまらない時代の到来だな。君らは死んでしまうからそんな他人事みたいなことがいえる。我らは生きて行かねばならぬ。それが寿命なのだから」


 ユリシーズは翠の君に視線を止める。


「…………前言撤回。人間らしくなんてない。君は何処までいっても千年を生きるエルフの民。吃驚するほど利己的な部分がある。人であるならば、後の世のことは後の世の者に任せようというものだよ」

「そうか? それは君らが死ぬ事を前提にした価値観だからだ」

「それはそうかもしれないけれど」

「王に今期こそ宿望を果たして頂きたいのも事実」

「ふーん」

「後三年あるから、子でも成せばいいのではないか?」

「……翠の君は人間のことなんだと思っているの? 砂鼠とか何だとか思っている?」

「砂鼠ほどの繁殖力はない」

「ないけども」

「砂鼠とは違うが、可愛くて、凶暴で、図太くて、不貞不貞しくて、個体によっては善で、個体によっては悪だと思っているが」

「ふーん」

「我ら精霊の民は人間にほとほと困り果てているというのも事実。フェーン聖国とフェーン領、国が二分されたのだぞ」

「まあ、それもそうだけど」

「しかし、我がアクランド王国フェーン領は気に入っている。実際この五百年は大きな大戦には巻き込まれなかった。小国より大国は安定感がある。何というか、こう大きな後ろ盾があるというか、いい感じに利用出来るというか、壁になるというか」

「凄い言い草キタ」

「事実だ」

「念を押さなくても?」

「つまりは恙ないフェーン領のためにも、アクランド王国には強さと平和を維持して貰わないと面倒なことになる。実際フェーン聖国が独立していられるのはアクランド王国の同盟国だからだし」

「……ロマンの欠片もない実質的な言い分だね」

「王だとて何度でも大聖女と巡り会うから、何度でも恋が出来るのだ。足せば大分長いじゃないか?」

「そりゃ、足せば大分長いけどもっ。そういう問題?」

「一つの形に拘りすぎなくていい。何十年と時をおいて、何度でも巡り会う。巡り会えるから贖罪が出来るのだ。王も微速前進で成長している。何百年も超えればやがて悟るだろう」

「悟ってどうするのさ? 悟りすぎると勢いで愛とか恋とか言えなくなるよ?」

「大丈夫。闇だってずっと捻くれているが、今期も真っ当な愛だとか恋だとかしているじゃないか?」

「……可愛い盛りの妹を誑かしたんだよ? 困るよね?」

「氷の妹は可愛いのか?」

「そりゃもちろん。子供の頃からセイヤーズ領で、それはそれは大切に育て上げたんだよ? 変な男を好きになってこの様だよ」

「ふーん。この様とはしがないシトリー領風情の領主代理ということか?」

「望めば王妃にもなれる身分だよ 器量だって申し分ない」

「……氷は弟馬鹿な上に、兄馬鹿なんだな。王妃は大概聖女だが魔導師なら芽はある」

「…………」

「身分など関係ないだろう。闇の賢者の末裔と結婚したんだ。申し分ない相手だ」

「……まあ、百歩譲ってアシュリが相手なのはいいんだけど、神の寵愛を失ったのがね…………」

「それは闇のせいじゃない。徹頭徹尾王妃の責任。そこの部分履き違えてはいけない」


 翠の君に念を押され、ユリシーズは頷く。


「もちろん。被害者と加害者を間違えたりはしない。責任の所在地を間違える程、揺る温くはないつもりだよ。アシュリは親友。親友を助けた妹。闇の賢者を助けた妹に敬意すら感じる。アシュリは義理の弟になるしね、聖女が娘で、闇の賢者が弟だ。なかなか愉快な家族構成だよ?」

「今期の氷には味方が多いな」

「そうだね。確かに――」

「大聖女が雷もしくは炎と結婚したら、義理の息子も賢者だな」

「…………アレ? 今期無双。自分も入れると賢者票が四。今期貧乏伯爵だけど力ありそうだね?」

「まあ、大聖女の票はないに等しいというか、寿命がな……。政治を考えるならとっととどちらかに定めて結婚させるんだな」

「…………だからそんな砂鼠みたいなこというのはどうかと」

「父親なんだから娘の嫁ぎ先を決める義務がある」

「残念ながら、その権利は今は兄が持っているよ? もちろん僕の意見を尊重してくれる人だけど、僕よりは温くも緩くもないからね?」

「水の領主はどう考えているのだ?」

「さあ、どうなのかな? 一番無難な落とし所を選ぶ人だけど、王妃が絡んでるからね? 妹の魔力の弔い合戦もあるし」



 兄はミリアリアをそれはそれは可愛がっていたから。

 どうするのかな……。





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