【037】『王の執務室(国王サイド)』
王は執務室で溜息を吐いていた。自分の血を分けた息子が馬鹿に育ってしまった。甘やかされて育った人間特有の驕慢さと視野の狭さだ。甘やかしとはその名から想像する以上のモンスターを作り出してしまう。
他人を人とも思わぬ所業。素で全ては自分の思い通りになると勘違いをしている。人間は自我の芽生えと同時に我のコントロール技術を覚える必要がある。我のコントロールとは、我に小さな負荷を与えて、心に折り合いを付けていく訓練だ。欲望と呼ばれるもの達。
幼い頃は、食欲や物欲、長ずれば色欲や金銭欲、怠惰、もちろん欲望とは生きていくためにある程度は必要とする。しかし欲望をコントロールするのではなく、欲望にコントロールされ始めると不幸の始まりだ。
怠惰の対角にあるものは勤勉だが、いくら魔法素養を持って生まれた者でも、怠惰であっては魔導師にはなれない。努力する能力というものは、どうあっても必要になってくる。
それがどうだろう? あの息子と来たら、欲求不満耐力皆無だ。あれは生まれてこの方、全てを自分の思い通りにしてきた者の傲慢さだ。アレが欲しいと言えば買い与えられ、アレが食べたいといえば与えられ、今年十七だというのに欲望丸出し。怒鳴って泣いて、欲望を充足させてきた者特有の、知性の欠片もない瞳。
王はもう一度溜息を吐いた。今から矯正するのはかなり骨の折れる事だ。ああいった人間を作り出す一番の理由は環境なのだが、第七側妃自体に自己改善技術という力の持ち合わせがない。叱るか甘やかすかの二択で生きているような人間だ。つまりは稚拙な感情のみで物事を判断している訳だが、家庭教師はまともな者を用意すべきだった。王の息の掛かった家庭教師もしくは相談役ならば、多少厳しくても首には出来まい。
しかし、過去を悔いても時間の無駄だ。過去に帰れたりはしないのだから。取り敢えず監視付きで国境線に送り込み、身分の力なく自己の力のみで生き抜く技術を手に入れて貰おう。十年二十年掛かるかもしれぬが、モンスターをモンスターのまま野に放てば有害だ。領地の侯爵にもよく伝えなくては。決して王子扱いはするなと。馬鹿に権力と金を持たせると碌な事にならない。馬鹿に育ってしまった以上、無力、監視付きが必須だろう。ある意味魔力素養がなくて幸いだった。
王は三度目の溜息を吐いた。そして同室するよう言い付けてあった王太子を見やる。同じ血を分けた息子の筈が、こちらは非の打ち所がない息子に育った。血とは一体なんであろうか? そもそも王家の血統継承がこの息子に遺伝しているわけで、それだけで立場上恵まれている。雷の魔導師の誕生は王家にとって悲願だった。そして王妃の嫡男。恵まれ過ぎた立場ではあるが、それが故に嫉妬という厄介なものの対象になりやすい。
しかしこの息子、その辺りは自分の技術で裁いているようだ。そもそも自分の一番の武器は魔法であると理解し、その剣の手入れに余念がない。魔導師として大成してしまえば、そうそう他人に侮られる事などない。雷の大魔導師の前では、どんな人間でも一瞬で消し炭だ。
そして聖女の力。第二王子と違い聖女の力を高く評価している。当たり前だ。毒を盛られたり、怪我を負わされた時に、聖女の力が必要になる。第一聖女とは付かず離れずの卒の無い関係を続けているらしいが、何か考えがあるのだろう。
そして次期エース家当主であり、筆頭貴族の炎の魔導師とは気の置けない仲らしい。王太子としての外堀はほぼ埋まっている。第三王子と第四王子は王太子には逆らわぬ。手足となって一生こき使われそうだ。ある意味、甘いだけの善良王子ではない。性格はともかくとして、為政者としては問題ないだろう。
そもそもこれの母親。王妃は第一聖女。第一聖女として聖魔法を極めた者は勤勉だ。聖女は、魔法素養、勤勉、護身、の三つを兼ね備えている。故に子供を育てる事へもかなりの努力を割く。実質的な子育ては乳母が行うが、監督は母親だ。家庭教師の人選から何から手を尽くしていたようだし、任せっきりでもなかったようだ。
その上、自身が魔導師だったのが大きいだろう。小さな頃は魔法の手ほどきをしていたようだし。そしてきっと魔法の価値も教え抜いたのだろうな。つまりは賢母だ。幼少期に王妃である母親から魔法の楽しさを教えられた。だからその後も、魔法の勉学に身が入ったのかも知れぬ。つくづく王妃は聖女という構図はよく出来ている。もし第七側妃が王妃だったら、国が傾いていたわ。
王は四度目の溜息を吐く。溜息は何度吐いても足りぬな。しかし馬鹿息子の責任は親である自分が取らねばならぬ。馬鹿は手に余る毒のようなもの。無毒化は必須事項。王は五度目の溜息を吐いた。








