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364【03】『本家本元の首席弟』



 私が王都の王立学園に入学したのは六年前で、それからは毎日毎日、本当に忙しかった上に、自領というのは「ただいま」と気軽に帰れる距離でも旅費でもなかった。王子妃教育はエグかったし、聖女教育もまたエグく。エグとエグが重なって、生存の危機だったともいえよう。


 だから私は六年間弟にまともに会っていないという。彼はあの時四つだったのだ。四つとは幼児だという。私のことをうっかり忘れかけていてもおかしくない。ここは再会を祝って盛大なハグをしたいところなのだが、ちょっとしそびれた感が否めない。


 転移門やらアシュリ・エルズバーグやら影やら難しい話が始まる前に、ぎゅーっとハグがしたい。ここは自然に――


 私はリエトに近づくと背の低い彼を少し覗き込む。彼はきょとんとしていた。

 そのままハグ。ぎゅーっと。ハグ文化は無敵。

 言葉では伝わらないことが伝わる。

 いくら言葉で『君が好き』と伝えても、伝わらなかったりするから。

 でもハグは違う。体温を通して伝わる。自分が大切にされている実感を。

 

 これは一種の『多幸感』

 非常に強い幸福感とか満足感とか。


 実際、六年振りなるけれど、こうして小さなリエトを抱いていると、ムクムクとこう温かい気持ちが迫り上がってくるというか……。


 小さな体から伝わる、私と同じ温度。

 アリスターとかさ、四六時中クロマルを抱いているのは、そういうことなんだろうね?

 クロマルは正直、体ひんやりさんだが、まあ心の温度という。


「ただいま、リエト」

「……お帰りなさい。お姉様」


 来年になれば、この弟は王都に上がる。

 エース家に入るわけじゃないけど、お父様の所にお世話になるはずだ。

 セイヤーズ家のタウンハウス内の離れかな?

 今よりずっと気軽に会えるようになる。

 弟一から三まで全員集合?


「やっと会えたね」

「……そうですね」

「色々あった?」

「……はい。色々」

「後でお茶を飲みながら聞かせてね?」

「スギナ茶ですか」

「うん。久し振りにシトリー領産のスギナ茶が飲みたいかも」

「いっぱいありますよ?」


 スギナ茶が、いっぱい……。


「いやー。スギナは地中で根が繋がっているので、どんどん増えますね? 向こう五年くらいはお茶に困りませんよ?」


 あ、うん。雑草茶五年分。量すご。


「僕も空間転移してみたかったです」

「?」

「だって一秒にもみたない時で王都からシトリー領ですよ? 闇の魔術は魔術式も独特で、気になりますよね? それでいったいどういった感じだったのですか?」

「…………」


 弟が何か闇魔術に魅入られている?

 あなたは水の魔導師ですよ?


「僕ね、王立学園で闇の魔術を研究しようかと思っているんです」

「???」


 いや、だからリエトは水の魔導師なんだけど。王立学園魔法科って、そんな自由あったっけ? 私は自分の属性である水魔法を研究する時間すらなかったよ? 聖魔法でいっぱいいっぱい精一杯だったという……。闇?


「それで、卒業したら、転移ゲートを探す旅に出たいです」

「???」


 弟一が饒舌だなーなんて、遠い目になる。

 しかもハグなんて何処吹く風? ハグ無敵?? 与えている影響皆無? 多幸感とかないのかな? そういうタイプかな?

 私はそっと体を離した。ちょっと寂しい。弟二であるアリスターは固まり、弟三であるミシェルには薬草臭いとかなんだとか。弟一はハグスルーというやつですね? 色々なタイプの弟がいて幸せです。


 ゲート探しの旅……。旅……。シトリー伯爵領の長男にそういう自由ってあるのかな? 結構あるか? 領政はアシュリ・エルズバーグが父の代わりに執り仕切る予定だし、就職さえしなかったら、ありかな? もしくは休暇を最大限に利用とか……。お金がないもんね? やっぱり稼ぎながら……。でも、転移門はロストしていないからね? 私は確信しているからね? 


 この子、水の魔導師のくせに闇の魔法陣の研究がしたいだなんて突拍子もないこと言い出して、誰かに似ているんだけど? ついこの間知った、伯父様と父の妹という人。そんな風なことを言っていたとかいないとか?


「…………お姉ちゃんと一緒に住んでいる従兄弟が闇の魔導師だから、一緒に研究してみたら? リエトと同い年だよ?」


 もちろんアリスターのことです。


「え!? 従兄弟?? 同い年の従兄弟が突然出来たんですか? しかも水の魔導師ではなく闇??? 隠し子ですか!? 僕らの伯父が? まさか母の兄弟と考えるのは無理がありませんか? 伯父様が養子を取った? でもそれならセイヤーズのタウンハウスに居るはずだし。エース家のタウンハウスにいるんですよね?」


 従兄弟という言い方が性急だったか……。そうだよね? そこ秘密か。


「……孤児院から引き取った子を、お世話しているんだよ?」

「ああ、血の繋がらない養子? が出来た? ということですね?」


 血は繋がっているけど、まあ孤児院の子を引き取ったってことでいいか。ここには影もいるし。


「いずれは従兄弟になると思うけどね」

「孤児院の子に魔力が発現して、引き取ったと。その子が闇魔導師で十歳なんですね?」

「そうそう」

「嬉しいです」

「……良かったね」

「一緒に転移門を探そうと誘ってみます」

「…………うん。まあ、うん?」


 私は少し首を傾けて考える。


「ねえ、リエト」

「なんですか?」

「お姉ちゃんも、その『転移門を訪ねて』に行こうかしら?」

「え?」

「だって弟達が心配だし、私も六大侯爵家の領城を拝観したいんだよね?」

「えー……」


 なんで「えー……」なの? 失礼じゃない?


「お姉様がいるとこうフットワークが……」


 いや、フットワークって。君も大概だね。


「絶対領城近くにあるよ?」


 私がそう言うと、リエトは首を振る。


「領城に近ければロストなんてしません」


 いやロストしてないから!?


「だって王都と領都を結ぶものでしょ? 領主と王しか知らないんだよ? 僻地にあってどうするの? 有事の際に使えないじゃん」

「…………」


 私の言葉にリエトが考え込む。


「目的によります」

「賢者会議でしょ? もしくは脱出ルート」

「…………」


 それが一番メジャーな使い道じゃないの?

 そうじゃない?

 鉄板だよ?

 私はうんうんと頷く。





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