362【01】『1ミリ秒の世界の中で』
いつもお読み頂きありがとうございます。四章③スタートになります。
0.001秒の世界。
そんな世界に思考は存在しない。
認識も存在しない。
そこにあるのは、事象だけなのだと思う。
しかし、その感覚というのは、本来あるべき外側、時間が自転により定められた世界の話。私が投げ出された空間というのは、所謂この世とは違う場所なのだろう。
深く認識はしていなかったが、私は一度この時空間の狭間に来たことがあるのだ。
そうクロマルという魔物が切り裂いてくれたこの世の法則と違う場所。
座標は大丈夫かな?
座標、座標と気になっているけれど、色々あるじゃないか?
まさかこの世と魔界を間違える訳はないのだが。
もっと言えば、同じ国でも別領地なんて間違いも、普通に考えれば起こらない。
問題はもっと微少の差異なのだ。
空間座標。
もしもその結点に別の物があった場合、どうなるのだろう…………。
演算ミスというものは必ず起こる。
それは聖女にももちろん言えること。
人間からミスを奪い去ることは、不可能な領域。
それは生きている生物である以上、逃れられない宿業のようなものなのだろう。
演算ミスを起こさないシステムは、シンプルだけど検算になる。もう一度計算。再計算。三度同じ答えになったら、別の人の手に委ねて二回くらい重ねたい所。
そこまで来て初めて実行だ。
闇の魔導師が、あんなに魔法陣に時間をかけるのは、複雑で難しいのはもちろんだけど、慎重という名のものも大切にしているはずだ。
……検算。
誰がしているのだろう?
魔法式である以上、魔導師しか検算出来ないというのが、甚だ心許ない。人員少ないっという話だ。魔術師の助手も計算訓練を積んだものなら出来る。出来るが魔術師の助手だって、結構特殊な職業だ。早い話がシトリー領という田舎の領地に魔術師の助手がいるかといわれればいないという話。
魔法助手のいるところ魔術師あり。魔術師のいない所魔法助手なし。魔法助手は王都に一番多くいる。勤務地魔法省国家官吏。助手官とか補助官に当たる。誰が検算したのだろう? まさか時空間の魔術師単独なんて恐ろしいことはないはず。
用があるなら馬車で行く。
人に転移の魔術を使う時は、危急時。
つまりは命が危ないとか、そういう退っ引きならない時だけだ。
二度言うけども、命を助ける時に致し方なくという種類。
今、違うよね!?
絶対に違う。
自信あるよ?
例えて言うなら、私が黒い血に感染した時とか?
あの時は、怖いとか、座標軸とか、まるで関係なかった。
そんな所に気も回らなかった。
もう私の寿命的なものは待ったなしだったのだから。
でもっ。
今さ。
違うよね??
違うって話だよね?
私は次元潜行中? に涙を流したくなった。
どうせ行くなら瞬きより速く行ってくれと思うのだが、実際は瞬きより速いのだろうが…………。なんでこんな恐れ戦く時間があるの!? 恐怖で顔が引きつりそうになる。
冷静になろう。
シトリー領にいる魔導師は、この転移執行人以外に二人はいる。私の父であるシトリー伯爵。彼は氷の魔導師なだけあって、演算力はエグい。当然私より正確で速い。父が検算しているはずだ。後は弟――。弟は………まだ幼くて、王立学園にも上がっていない。そんな複雑な計算は出来ないだろう。そもそも計算式の意味を理解する所からだ。
父だけだ頼りだ。
父だけが…………。
父が天才なのは知っているが、知ってはいるのだが……。
もっと根本的な問題。
専門外というやつ。
彼は氷の魔導師であり、闇の魔導師ではない。
当たり前といえば当たり前のこの事実。
専門外は魔導師にとって、想像以上に大きな意味を成す。
当たり前じゃないか?
聖女は聖女の魔法式を、雷は雷の魔法式を日夜研究しているのだ。
他属性の魔法式を解くことなど殆どない。
私たち三人、ルーシュ様とシリル様と私だって、魔法については玄人だと自負しているが、そんな私たち三人を以てしても、転移の魔法陣を読むのに苦労した。読めなくはないのだけどもっ。見慣れていないというやつ。
そもそも……。
なんであの七大賢者専門店が始点になったのだろう?
何か理由があるのかな?
常連さんだったとかなら意外すぎるけども。
でもまあ、遠い子孫ではあるのか…………。
いやだとしてもお店は関係なくない?
古の門があるわけじゃないんだから?
それとも別の何か? 座標を一瞬で読み込める何かがあった?
その時、私は何故か視界に雪玉草のポーチが掠った。
雪玉草のポーチ。
雪玉草は翠の君の領地。風の領地の特産品で。
空から降る淡雪に似ているから、その名が付いたといわれている。
手触りが良くて、最高級の素材だ。
ソフィリアの街でルーシュ様に買って頂いた大切なもの。
私も特に気に入っている。
なんで買って頂いたかというと――
それは、柔らかくて、寝心地が良さそうな、彼の者のベッドに最適だから。
そう――彼の者のベッド。
私が目を見開いた時、視界がブラックアウトし、強い重力に引きずり込まれるように、体が投げ出された。
ブクマ、評価、誤字脱字報告、いいねをしてくれた皆様、いつもありがとうございます。作品を好きだと言って貰っている気がして、とても嬉しかったです。この場をかりて御礼申し上げます。作品の終点を目指して一緒に歩んで頂けたら嬉しいです。








