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358【042】『見知らぬ誰かの深い愛』





 そのお店は表通りではなく、通りを一本入った所にあった。

 こぢんまりとしていて、でも外観から拘りが溢れているような、そういう雰囲気のお店。

 店の前庭には素焼きの鉢植えや、樽のプランターが置いてあり、冬越しのマーガレットが咲いている。

 オレンジ色の屋根と、白い石壁。

 なんだろう? ここだけ別の世界のような、魔法の国?


 そして驚いた事に、聖女専門店と七大賢者専門店とカフェが三店舗、綺麗に並んでいた。

 同じ屋根と同じ壁と同じ花が咲いた同じ作りのお店が三店。

 入り口は違うのだが、中の一部が繋がっていそうな、そういう作り。


 カフェの看板には『魔術師達が集うお茶会の庭へ』と書かれている。

 ………………。

 雰囲気すごくない?

 凄いよね?

 魔術師達が集うお茶会って……。

 いや、ねぇ? 

 だって私たち三人も魔術師で、普通にその辺でお茶します。と突っ込みたくなる文言だ。

 影達も入れれば魔術師五、六人。

 立派な集いに見えるじゃないか?

 

 この扉を開けると魔法の国へと誘われるのだろうか?

 魔法の国? 

 それともお伽の国? 

 アクランド王国は魔法大国ではあるのだが、夢見る国とは少し違う。

 でもここは――


 私は大きな樫の木の扉の前まで来ると、ノブに手をかける。

 重そうだけど趣のある扉だなと思った。

 一瞬の躊躇の後、そっとドアを押す。


 押したその先は――


 魔術師の世界が広がっていた。

 店員は全てローブかもしくは聖女服を着ていた。

 

 ああそうか。ここは夢というか空間というか、雰囲気を売る場所なのだ。

 だからカフェを併設している。長く味わえるように、ここに滞在することが日常と切り離された娯楽となるように。


 賢者の専門店と聖女の専門店の間がカフェになっていて、挟むように中庭のテラス席がある。そこで賢者に纏わる紅茶やハーブティやお菓子や色とりどりのカロンが出されているのだ。


 私は一瞬で心を奪われてしまった。というか、これは私が理想とする『聖アリスの庭』ではないだろうか? 素敵過ぎる。オーナーに交渉してポーションティーをメニューに加えてもらえないか掛け合ってみよう。だってここがぴったりだから。


 店員の聖女服は、中央の聖女が着る正規のものとは少しデザインが違う。

 白ベースで、セーラーと修道服と王立学園の制服を合わせて三で割ったようなスタイル。

 このお店のオリジナルのものなのだろうか?

 どんなデザイナーが作っているのかな? 

 私も着てみたいな? ん? むしろ働いてみたいとかそういう? 

 ウインプルは被っている人といない人がいる。好き好きなのかな?

 髪をリボンで束ねている人もいる。

 修道服にリボンが新鮮で良い感じ。

 スカートの長さも人それぞれで、基本があって変形は自由みたいな仕様。

 体験としては髪をリボンで束ねてみたい。ん? なんの話だっけ……。


 ここは――。

 ここには見知らぬ誰かの愛が詰まっている。

 聖女と七賢者を愛してやまない誰か。

 営利主義のためにやっている訳ではないのだろう。

 けれど結果的に儲かってはいるかも。

 一つ一つが高く、宝石のような扱いを受けている商品。

 商品に愛がある。


 店員の方が着ている制服は店内で売られており、買いたいと思ってしまうから、この店は恐ろしい。

 他にも魔導師が使うワンドや魔導書。指輪などの小物も沢山。

 私はカフェにも後ろ髪を引かれたが、当初の目的? ではなかったのだが、途中から最大の目的にのし上がってしまった七大魔導師のフィギュアコーナーに足を踏み入れた。



 ドキドキする。なんでこんなにドキドキするのだろう。

 ああ、私が七大賢者の大ファンだからか。

 あの建国をなした七人の大魔術師。

 何度も何度も読んだあの物語。

 彼らはその魔力でもって、どん底から這い上がったのだ。

 それが、涙なしには読めなかった。

 魔力のある特殊な人である魔術師。

 この国の礎をなした者。

 今、私がこの国で平穏に暮らしていけるのは、彼らが魔導師の国を作ったからだ。

 私は彼らの努力と信念を享受している。

 彼らのいないこの未来で――



 そんな思いを胸に秘めながら、私は七大賢者のフィギュアの前に立つ。

 一番最初に出会ったフィギュアから私は目が離せなくなる。

 それは古の大聖女の横に立つ、雷の大賢者と炎の大賢者。

 聖女を守るように左右に立っている。

 雷の賢者のローブは白。白に金色の縁が入っている。

 そして炎の賢者のローブは紅。


 彼らと目が合ったとき、逸らすのが難しくなった。

 網膜に彼らの姿が焼き付く。



『約束を交わそう。決して裏切らない、裏切れない、魔術の元に集う者達』



 砂が風に舞う――

 紅い燃えるような夕日――



『私たちは魔術を操る魔術師で、理を外せるものなれど、私たちの存在は理を外れたものに非ず』


『魔術は死を覆さない』


『聖女も死を覆せない』



 私は小さな声で、頭に浮かんだ言葉を繰り返す。


「――死の国の扉は、堅くしまって開かない。鍵穴はそこへ。鍵は何処(いづこ)へ」




 その瞬間、私の足下に大魔術の魔力反応を感知した。






いつもポイント、ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます!

四章②もあと数話で了となる予定です。

王妃編を数章に区切った一部になるかと思います。(三巻分くらい)


指輪&水着の買い物が少し駆け足になってしまったのですが、四章②にけりが付きましたら、書き足すのもありかと思っておりますが、ロングバージョンの方がいい? どうなんだろ?

 

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