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356【040】『冷蔵ボックスミッション』



 影をもう一度呼び出して、冷蔵ボックスを受け取り、その中身でルーシュ様とシリル様を冷やすというミッション。どうすれば叶うのだろう? 私の第一案「影ではなく造形師様」と中くらいの声でお呼びする、だ。善は急げだ。取りあえず第二案は出ていないが、一案をやってみてから改良しよう。もしかしたら一案が成功するという可能性もあるし。

 私は息を一息吸ってから――独り言のように話し出す。


「凄腕の造形師様。ちょっとお話したいことがございます。御用というのは木の箱についてです。あの中身が今シリル様に必要ではないかな? と思った次第です。きっと体が冷えれば気持ちが良いのではないでしょうか? 今一度出てきては頂けませんか?」


 そう何もなに空間に話しかけてみた。

 待つこと数分。

 何も起こらなかった。

 うん。これね?

 ガン無視。そうそうそれそれ。

 これは徹底していたんだ。再確認が出来て良かった。

 私は一人頷いて納得したのだが、連れ。つまりルーシュ様とシリル様が何もない空間に話し続けた私のことを唖然茫然としながら見ていた。いや、影が姿を現さなかったのはある意味想定内の出来事だったが、ルーシュ様とシリル様の視線が痛いのは想定外ですね? いやホントに。


 居たたまれないです。

 私はうっすらと頬が赤くなる。

 うん。普通に恥ずかしいよ?


「ロレッタ……その独り言無謀だから」


 ルーシュ様に助言され私は頷く。

 うん。確かに。影は鋼のごとき精神でシリル様の動向にしか反応しません。知ってましたっ。


「ロレッタ、僕に一言、言ってくれれば万事解決だよ?」


 そんな、何もない空間に向かって、長い独り言を言うなんて、寂しいことをしなくても大丈夫とシリル様が言う。――その通りだよっ。初めからそうするべきだったっ。


 シリル様が片手をあげると、影がすっと現れる。

 それに私は飛び上がるほど驚いた。

 想像していた場所と全然違う。

 後ろから、つまり死角から現れたのだ。


 嘘!?

 そこ?

 そこにいた??

 私が見つめていた空間と別方向なんですけど。

 しかもシリル様に向かって木箱を差し出している。

 全部内容聞いていた?

 あぁぁぁぁぁぁぁッ。

 土の魔導師の側にいるのは風の魔導師だ。

 音を拾っていたんだ。

 何故気付かなかった?

 私もまだまだだな。


 私はしょぼんとしながら、シリル様から木箱を受け取る。

 ええ。影から直接ではありません。間接的に受け取りましたよ?

 どうもありがとうございます。



「あの、造形師様。これから造形ショップに行くのですが、御一緒にどうですか? だって護衛はぶっちゃけ近い方が守りやすいですよね? でしたらどうでしょう自分の作品を見がてら私たちと行動を共にしては?」


 私が全てを言い終えた時、そこに影の姿はもうなかった。最後までも言わせてもらえなかったとか!? 微妙にボディブローです。造形師様。クールなんですね? そうなんですね? あぁ………日に二度も会えたのに、二度目の機会も空振りとか。ここまで来るとダメージも開き直りに通じますね! 


 一緒に造形ショップに行って、「これはあなたの作品ですか? 凄い腕ですね?」というシチュエーション(妄想)の夢が秒で敗れたという……。くぅーっ。


 私はやっぱり消えていった方角を名残惜しそうに見ていた。ふん。きっとこの見ている方角も明後日の方角なのでしょうね? 攪乱の魔術師ですね? こんなんでいつか友達になれるのかな?


 いつの間にか、シリル様の影が友達候補にまで上り詰めていたのだが、そこに疑問を唱える人はいなかった。誰も私の心情心理は知らない。


 メンタル強めに行こう。二度会えただけでも御の字だ。少しずつ少しずつ距離を詰めていければいいさ……。私はそう納得して木箱に視線を移す。いつ見ても素敵な意匠……。何か実用性に全く関係がない部分が凄く凝っているが、これはこれで心が楽しめる部分だ。妖精が花を持っていて、その花から水滴が零れるような彫刻が施されている。しかも上手いな……。誰の彫刻? 土といえば土の侯爵領と直結するものだが、木などの特産物は風の侯爵家の専売特許。まさか父が作る冷蔵ボックスに風の侯爵家の手が入っているとは思えないが……。それにしても素敵。そして表面と内側に植物油で塗装してある。水が染みこまないために。こうやって手入れしていくことが前提なんだな………。


「シリル様、素敵な意匠ですね?」


 私が話しかけると、彼は自信満々に頷いた。


「これは二個目の冷蔵ボックスなのだが、手持ちの木箱を次官長に渡して、魔道具化してもらった一品。自信作だよ?」


 なるほど。元々持っていたものなのですね?


「特にこの精霊が素敵です」


 木箱自体はソフィリアの街でも一度見ているのだが、あの時は自分の手に取った訳ではなかったので、ここまでじっくりは眺めなかった。小さな女の子の背に蝶のような羽が生えているのだ。


「それはね、僕が彫った心の精霊だよ?」

「?」


 ん?

 空耳??

 この国の王太子殿下が自ら彫ったとか言った??


「推しの精霊バージョンというシリーズでね」

「は?」


 まさかのシリーズ化!?

 何の話をしてたっけ。 


「僕の推しを、こう精霊仕様にして木にトレスして、心を込めて彫っていったという」

「………………」


「?」以外、どう返事を返していいか分からない。分からなかったが、私の持つ木箱をルーシュ様が覗き込む。しかも結構じっくり見ている。その上、私から木箱を受け取り更にじーっと。


「いい絵だ」


 じっくり見た後、ルーシュ様がぼそりと呟く。


「そうだろうとも。力作だ」


 シリル様もシリル様で、更に自信満々という。


「……欲しいな」


 ルーシュ様は冷蔵ボックスが欲しいらしいです。

 しかも蓋を開けて、中に入っていた、凍った小さな姫リンゴを食べ出した。

 リンゴが入っていたのですね! ナイスチョイスですっ。

 ルーシュ様が食べて、二個目はシリル様に投げた。


「危なっ」とか言いながら、シリル様も受け取て、口に入れる。

 そしてルーシュ様は最後の一つを取って、私を覗き込む。


「口を開けて」


 私は条件反射で口を開ける。

 すると口の中に、凍った姫リンゴが入れられる。

 甘酸っぱい香りと、冷たさが口の中に広がる。

 

 冷たっ。

 

 口の中いっぱいに、リンゴの香り。

 もうその瞬間、美味しいと分かった。

 

 初めて凍った蒲萄を食べた時を思い出す。

 弱った心さえ、力ずくで持ち上げた凍った果物。

 今も気持ち悪さが吹き飛ぶ勢い。


 ゆっくりと一口、しゃくりと噛む。

 ヤバい。父天才だ。間違いないっ。

 

 私は自分の頬に手を当てながら、大切に大切に味わった。








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