355【039】『凄腕の造形師』
黒目がちの瞳に、漆黒の髪。土の魔導師の色を持つ影。アッカー侯爵家とはどんな繋がりなのだろうか? 親族? それとも本家の者?
もしも――
もしも土の魔導師が流しになったら、『流しの造形師』ということになる?
街から街へ旅をして、貴族から依頼を受けて製作する。そしてまた次の街へ。
流しの造形師の場合、お値段がお値段なので、貴族や豪商がお客になるよね?
私は流れる雲を見ながら、『流しの造形師』の人生について考えてみた。このトピック、妄想がめちゃくちゃ捗るんですけども? だってさ、王族の肖像画は一般的だけど、別に肖像画ではなくフィギュアでもいいのではないかと思えてくるから?
「余のフィギュアを作るように」なんて命令されて、王、王妃、王子に王女……もれなく家族全員フィギュア化。あり得る話だよね? 美男美女に作る筈だ。
そういえば第二聖女のフィギュアとはどんな出来なのだろう…………。
こう言ってはなんだが、私の色彩は淡い。シルバーブロンドにアイスブルーの瞳だ。何か薄ぼんやりとしたフィギュアになっていたらどうしよう?
気になる……。
むしろ今まで気にしていなかったのが驚きという。
自分のフィギュア化って。
それってどうなの!?
よくよく考えればなんで? と言いたくなる。
ああ、気になる。
気になったら早く確認したくなるのが心情。
ここからはどのお店が一番近いのだろう?
予定では昼食→水着→宝石→聖女専門店と云う名の造形ショップの順序。
遅いっ。フィギュアの順番はラストだ。
この順番じゃ、夕方だよ!?
待てないだろうという話。
お昼はもう手っ取り早く、その辺の屋台とかでどうなのだろう?
私達三人は魔導師の出で立ちなのだが、本人達さえ気にしなければ、屋台で購入というのもありっちゃあありだ。実際ソフィリアの街では屋台飯。
私はルーシュ様とシリル様の様子を窺うと、彼ら二人は黙ったまま、横になっていた。まだ気持ちが悪いんですねっ。本当に申し訳ないです。こういう時に父のように氷が出せれば一発なのだが、いかんせん水しか出せない。果実水でも買いに行ってこようかな? でも、ここ貴族街で屋台が一つもない。ひとっ走り果実水を買うといっても行ける距離じゃないし、その辺でお肉の串焼きでもというのも無理そう。今日の買い物は全部貴族のお店で買うからな……。
クロマルの造形師様……。
私はふと、ソフィリアの街で影が冷蔵ボックスを持っていたのを思い出した。
今日も持っているのではないだろうか?
持っている気がする。
そして私は今日、この飾りの多い魔術師のローブに雪玉草のポーチを付けて来ている。
水着やら宝石やら色々入れられて便利だよね? と思って持って来たのだが……。
これに冷蔵ボックスを入れたらいいんじゃない?
影だって荷物があっては動きにくいだろう? という話。
そうだよ? そうしよう。
今こそ、冷蔵ボックスの使いどころっ。
今、王太子殿下と六課長を冷やさずに、いつ冷やす?
トマトが凍っているかも知れないじゃないか?
シリル様のことだ、何か仕込んで来ている筈。
ドラゴンの生き血ではないはず。
ソフィリアの街でシリル様はどうやって影を呼んでいただろうか?
確か手を上げていたよね? ちょっと私がやってみようかな?
私はソフィリアの街でシリル様が影を読んでいたポーズを克明に思い出しながら、トレスするように真似てみた。
「…………」
うん。
ないも起きないね! 当たり前だよっ。
沈黙と間だけが通り過ぎる。
微妙に恥ずかしい。
でも、影に向かって影さんなんて呼べないじゃないか?
それこそ、こんな場所では不味い。
やっぱり影とは、護衛対象である王太子殿下以外は綺麗に無視する仕様なのだろう。
私達同僚なのにっ。もう見知った仲なのに。
私は先程影が姿を消した方角を凝視した。
あの岩とか怪しくない? どう?
あの木陰はどう? いかにも怪しい。
シリル様が馬車を降りた以上、馬では追い難い……。
馬は馬車と同じ馬宿に預けるのだろうか。
それが一番行き違いがないだろうと思う。
護衛職は一人では難しい。
三交代といっても、常に二人以上いるように見える。厳密には四人を三交代で回すのだろうか? シトリー領など、遠くに出向く場合、夜番だけを交代制にする? もしくは第二種護衛配置とか? シフトが知りたい。そうすれば、ある程度土の魔導師が護衛しているタイミングが分かりそうなものだし、土の魔導師が完全な非番の日も分かる気がする。
隠蔽魔法。
かつて魔術師が闇に溶け込むために開発したという。
でも今、全然闇というよりは明るい日中?
やっぱり建物の陰辺り?
私は何も無い空間を凝視する。
五分くらいじっと凝視してから気が付く。
あの制服。
あの制服自体が認識阻害の魔術がかかった魔道具と考えるのはどうだろう。
光と光の間に溶け込むように姿を消した気がするのだ。
光もしくは闇の魔術が仕込まれているのではないか。
こう光の屈折によって、人間の目には見えないようになっているというか……。
つまり光の魔道具師が一枚噛んでいるということ――
原理原則さえ知ることが出来れば、私にも出来るんじゃないかな?
光の魔導師は、聖魔導師と属性は一緒なのだが、治癒系の魔導師ではなく、光の魔法、光シールドや光の矢などそちら方向に進んだ適正者をいう。 私は専門が違うので光魔法は習っていないが、しかし習えば出来る。属性は同じだから。ちなみに今修得してるものは光シールドと光の糸。二つだけだ。……認識阻害。これ気になる。隠密的な動きをする時にとても便利なツールになる。三つ目の光魔法の修得は認識阻害にしたいけど、でもきっと。初級ではないだろうな? という事はなんとなく理解出来る。たぶん上級魔法。しかも超上級。私にはまだ習得できないだろう。
馬はどうなのだろう?
魔道具を仕込むならば、鞍か手綱かもしくは蹄鉄とかだろうか?
四肢の足に魔道具を仕込むのが一番確実だが。
でも、どちらにしろ、あるかないかは不確実だし、あったとしても魔法省から外には出ないだろう。所謂、自分たちが使う分だけ、研究課で作っている。もしくは現存の物を引き継いでいる。そういうレベルの物。作り方はあるかないか分からない。個数単位で目録があり、取り扱っているとか。複数存在しないなら、制服ではなくマントなどの方が共有しやすいかな……マント……。
シリル様が手を上げれば直ぐに気づける。つまり彼らは隠れているといっても、こちらを常にしっかりと視界に入れている。本当は直ぐそこに居たりするのではないのかな?
呼んでみようか?
影さんではなく、凄腕の造形師さんと。
木箱を貸して下さいと。
そう伝えてみようかな?
あの何も無い空間に向かって。








