354【038】『土の世界』
魔法大国アクランド王国。アクランド王国の富というのは紙や鉱物など多岐に渡るが、その根幹を成すもの、それは魔導師ということになる。魔導師という人的資源が二次資源に繋がるという価値観。魔法大国はその名の通り、魔導師が統べる国。魔導師でなければ王にもなれないという厳しい決まりがある。魔導師ではなくとも有能な者はもちろんいるし、そしてこういった基準を設けると、魔導師と非魔導師を差別しているとも捉えかねない。
しかしながら、魔導師が圧政を敷いている訳ではない。魔導師の恩恵を受けているのは、他ならぬ非魔導師である国民になる。そういうシステムを作り上げたのが、アクランドという国の大きな特徴になる。治水なら治水、鉱山なら鉱山、軌道に乗せるまでを魔導師が担当することにより、不測の事故や、徒労に終わることが少ないと言われている。
そもそも一鉱山を商業規模で開発するためには恐ろしく長い年月が必要になってくる。十年なんてものじゃない。二十年、三十年とかかるのだ。けれど、土の魔導師がいると鉱床の発見が空振りということがなくなる。これだけで、お金も労力も雲泥の差になる。
土の中には鉄、銅、宝石など富みに直結するものが埋まってる。これを安定して産出出来るといのが、アクランド王国の大きな強み。そして、この国に孤児院があり、病院があり、という部分に繋がる訳だ。正直、土の侯爵家、直轄領の豊かさたるや、こう想像するだけで余りあるというか……。アクランド王国が建国される前は、赤い土と乾いた荒野が広がる小国だったと言われている。人は一日何十時間も働いて働いて働き潰されたと。
その頃、その土地を統べていたのは土の侯爵家であるアッカー家ではない。彼らは彼らの土地を取り返す為に立ち上がったのだ。七大賢者の一人として。黒の魔術師の始祖といわれる人。
私はもっともっと土の魔導師である影と話をしたかったのだが、私が二の句を継ぐ前に、「では、距離を空けさせて頂きます」と言って、馬を引いて下がってしまった。
造形師が……。凄腕の造形師様が………。せめてクロマルを作った経験はあるのかという事実と、名前だけでも確認したかった………。
私は未練がましく去った方を見つめていたが、空気に溶け込むように、姿を消してしまった。
流石は影という名の護衛。違う意味でプロだと実感する。
その後、私たち三人は、というか特に私以外の二人は、吐き気を抑えながら、道から逸れた草原で寝転がっていた。何か太陽は高い位置にあって、明るくて、心地よい風が吹いている。なんだろう? 私たち全然貴族っぽくないな……などという思いに至り、私は少し可笑しくなってしまった。
馬車は待たせて置かずに、先に商業区の馬車止めに向かうようにとシリル様が御者に指示をしていた。ああ、分かるな。こんな酔った状態で、揺れる箱には乗りたくない気持ち。商業区はもう見えているのだから、歩いた方が気持ちよいかもしれない。
ぶっちゃけ馬車に乗ると、二重に酔うよね?
こうやって空を見て寝転がっていると、まるで流しの聖女みたい。街から街へ移動しながら、病人を治して回るのかな? それは随分と自由で、そしていて、いつどうなるか分からない、本当に流れていくような、そんな生活なのだな……。
その日、ご飯が食べられたら幸せで、宿に泊まれたら恵まれていて、空が晴れていたらそれだけで幸せで、目的とかやるべき事とか自分を支配する枷がなくて、空が綺麗なら一日中寝転がっていればいい。
そうして最後は、ひとりぼっちで街道のどこかで、また青い空を見上げながら、この世界にさよならを告げるのだろうか………?
どこまでも自由で、自由で、寂しいところ。
ルーシュ様があの職安にいなかったら、私は流しの聖女になっていたのかな?
そうしたら土の領地に行ってみるのもありだったかもしれない。
旧鉱山を利用した、半地下のような街がどこまでも続いているという。
魔石がどこの領地よりも安く、そして種類が豊富で、手頃なものから国宝級のものまで。
国宝級はドラゴンの心臓とも瞳とも言われている。ドラゴンは千年を生きるものなのだが、その体は土に還り、そうして夥しい量の魔石になるのだとか………。爪も鱗も内臓もその血の一滴ですら――
私は、魔力酔いのルーシュ様とシリル様の背を時々さすりながら、広い空を見上げていた。








