353【037】『接点』
幻の魔法省九課。幻なのは、基本存在が公にされていないから。いるかいないのか、目視されていない諜報、護衛の専属部隊。私は既に会っているので、認識済みだし、ソフィリアの街では闇の魔導師である影に書類作成をして頂いたという間柄だ。彼個人は離脱してしまったが……。一応、同じ魔法省官吏ということになる。真っ黒い制服を羽織り、マフラーのようなもので顔半分を覆っているので、私が分かるのは瞳の色くらいなのだが。もしも普通の服を着て、街を歩いていたら、分かる自信がないよ? という隠密的な出で立ち。
その影が私をちらっと見たので、バッチリと目が合う。そして影は大袈裟に逸らした。逸らすんですね? しかもモーション大きめで。一瞬であったが私は瞳の色をしっかりと確認した。真っ黒。瞳孔も虹彩も見えないほど濃い瞳。土の魔導師だ。シリル様がソフィリアの街で教えてくれた、護衛は基本三交代制の二十四時間勤務。属性は闇、風、そして土だと言っていた。何故その三属性かといえば、現時点でよく一緒にいる、ルーシュ様が炎、私が光と水、御自身が雷。そうするとそれ以外の三属性を揃えようかという至極真っ当な組み合わせということになる。
土魔導師、なんというタイミングなのだろう。降って湧いたというか…………。
それというのも、今私たちがこのような魔力酔いになってしまった原因は『粘土』にある。
もっと広く考えれば土。硝子の元になる石英だって、金属の元になる鉱物だって、そして造形物の元になる粘土だって、全部地面に埋まっているものではないか?
つまり馬車の中で私が辿り着いた思考というのは、造形師とは大変土に縁のある仕事。つまりは土の魔導師が一枚噛んでいるのではないかと? そう閃いた瞬間、フィギュア製作の根幹に至り、馬車の中であるにも関わらず、思わず立ち上がってしまったという。
実際造形というか、原型作りをしているかしていないかは置いておいて、何かアシスト的なことはしていると思うのだが………。
私は不躾ながら、目を逸らした影のことを今一度じーっと見つめる。
この人、四六時中シリル様と一緒にいるんだよね?
少なくとも八時間はいるということになる。
するとシリル様のプライベートルームに飾ってあるであろう雪の月に発売された『聖女のハンドベル』限定版とやらをご存じのはず。そもそもさ、ブロマイドの自作してしまうシリル様がフィギュアにノータッチということはあるだろうか? あんなに芸術に対して造詣の深い人。
私は更に影をじーっと見つめ続ける。護衛である以上、護衛対象とはそれなりに上手くやっていなければならない。趣味が一緒であるならば、一緒に過ごす時間の負担が、かなり少なくなるはずだ。お互いに。
「…………あの、私が馬車の中で広範囲に治癒魔法を執行してしまい、王太子殿下とルーシュ様も魔法陣の対象エリアに入れてしまったのです。なので過剰治癒状態になってしまい、馬車を止めてもらいました。心配をおかけしてすみません」
一応事と成り行きを影に説明する。怒られるかな? ソフィリアの街では私たち三人は自主正座をしたのだが。
「………………気をつけるように」
注意をされただけだった。私は素直に頷く。
「はい。以後気をつけます」
「……………………」
「あの、付かぬ事をお伺いしますが………………」
「付かぬ事は聞かなくていい」
「……………………」
一息に言わなかったから、相手に断る隙を作ってしまった。大変遺憾という……。しかし怯まず行く。
「造形などにお詳しいのでしょうか?」
「は?」
「いえ、ですからフィギュアの造形にですね、詳しいのではないですか?」
「………………」
「詳しいですよね?」
「………………嗜み程度に」
わぁっ! やっぱりっ。やっぱりだっ。嗜み程度=凄く詳しい=造形師、だ。
きっとそうだ。本業(影)の傍らに副業(造形師)をしているんじゃないかな? どうなのかな? 私は興味しんしんに彼を見つめる。さっきからずっと見つめっぱなしですけども?
「ロレッタ、職務中の影に不用意に話しかけるな」
私があまり見つめ続けるので、見るに見かねたルーシュ様が影に助け船を出す。
そうですよね? 彼はお仕事中ですものね? お喋りは憚られますものね!
図らずも目の前に造形師(想像)を見つけてしまいました(思い込み)彼はクロマルを作ったことがあるのでしょうか? フィギュアは造形師の名前は書いてあるのかな? 目の前の彼はなんてお名前なのだろう? やはりこう作品を作るときは名前を変えているのだろうか?
お店に行く前に、彼の造形名が知りたいな?
どんな作品を作るのでしょうか?(思い込み)
私の購入予定の御神体は彼作かもしれません(妄想)








