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350【034】『一分の一スケール』



 雪の月に発売された『聖女のハンドベル』限定版……。


 聖女のハンドベルというのは、年に一度おこなうもので、聖女イベントとしては割と大規模な部類だ。今期の聖女、そして先輩聖女等、それぞれに分かれて何曲か演奏するのだが、このハンドベルには治癒の魔法陣が仕込まれていて、鐘を鳴らす度に、魔法陣に聖魔法が流され、治癒魔法が発動する仕組みになっている。


 雪が降りそうな、そういう冬の日に、大聖堂で行うもので、貴族にではなく庶民に向けて、音楽祭のようなイベント。治癒が仕込まれているのは公にしていない。魔導師であったり、その道に詳しい者でなければ気付かないくらいの、微量の魔術だ。治癒だと公にしてしまうと、場が混乱の渦になってしまうからというのが理由。参加費はかからないので、お勧めのイベント。ちなみにポーションや護符や簡易版のハンドベルなども売り出され、ハンドベルを買うと聖女のサインが貰えたり、握手券がついていたり、そういう特典付き。だから、……好きな聖女の前に並び、サインを入れて貰ったり、手を握ったり。毎年、双子王子が大人気で、二人の前は長蛇の列だ。私の列は……ね、そんなにいらっしゃらないというかね……うん。


 あの列にソフィリアの街の薬草店の主人もいたのかな? どうかな? 


 あれは担当する音順に並ぶのだが、私は制御魔力が得意だったので、両手持ちで、割とその曲のメインになる音を担当していた。このイベントは珍しく第一聖女のお姉様も参加していたのだが、彼女のハンドベルはノーマルで、魔法展開はしない仕様だった。音だけ。

なんでかというと、音に乗せるのは大きすぎるという理由だった。確かに、小刻みに、少しだけ魔術を乗せていくイベントなので、魔力が大きすぎると向いていないのかな? と思っていたが…………。それも王太子妃になるまでだったな……。


 シリル様がお持ちの限定品は、何年前のものだろう? それによってメンバーが変わる。


「いつのものをお持ちなのですか?」


 あれ? 

 こういう質問でよかったのかな?

 うっかりフィギュアの話題に花を咲かせていない?


 シリル様を見ると、生暖かい感じで微笑んでいる。


「二年前、君が王立学園高等部五年の頃のものだよ?」


 ……すると、センターは第一聖女のお姉様で、向かって右が私、左が第五聖女で、双子王子が端を固めるフォーメーションかな? 私は『ラ』と『ソ』を担当して恐ろしく忙しかった記憶がある。人気のあるナンバリング聖歌。聖歌は二百曲以上ある。その中でも庶民に耳馴染みがよく、比較的有名なものを選ぶ。


「まさか五体揃っているなんてことはないですよね?」


 ただでさえお高そうなイメージの造形物なのに、五体はな……。何で出来ているのだろう? 彫刻なら木だろうし、鋳造なら金属? でも原型から鋳型の流れなら一点物にはならないよね? 粘土のようなもので作っているのだろうか? 色はついているのかな? ついていたらいよいよい手が出せない値段だ。量産されているリーズナブルなのはないのだろうか? 量産してどうする? と思わなくもない、なんとも生活に関係のない商品ではあるが。貴族と裕福な庶民しか買えないな……。


「セット売りだったんだよ?」

「五体フルセットですか?」

「そう。今期の聖女コンプリート」

「…………それはそれは?」


 高そうですね? やっぱり比較対象に別荘が出てくるのでしょうか?


「…………あの……お値段を聞いても?」


 やっぱりシリル様はこれ以上ないくらいに綺麗に微笑まれる。


「……ロレッタ。値段を直視するのは野暮というものだよ?」

「そうなのですか?」

「そうとも。だってそれは僕の心に彩りを与えてくれる心の必需品。贅沢品とは違う括りで存在しているものなのだよ? それがあるから、現実を生き抜ける心の栄養補給。心が弱ってしまうほど、疲れることはないじゃないか? それを見るといつでも昂揚した気持ちになるというか、潤った気持ちになるというか。値段に糸目をつけてはいけない大切な分野なのだよ」

「………………」

「ロレッタにもあるでしょ? 甘い焼き菓子とかふわふわのケーキとか可愛い洋服とか」

「……ありますね」

「そうでしょ? それをさ、このケーキは我慢しようとか、この服は手が出ないとか……そう思ったとき、心がしょぼんとならない?」


 確かにしょぼんとなる気がします。

 貧乏伯爵令嬢だったので、もはやしょぼんは日常でした。


「凄いのですね? フィギュアが持つパワーは」


 シリル様は神妙に頷く。


「凄い素晴らしい。絵は描かれた角度しか見えないのだが、フィギュアに見えない場所はない。不可能なアングルがないところが実に夢がある」

「…………」


 造形物は夢まで広がるんですね?

 意外に深いのでしょうか。


「……聞けば聞くほどお土産としては手が出せなさそうです」

「大丈夫だよ? ロレッタ」

「え?」

「四十分の一スケールのものもあるからね? シンプルなものでデフォルメされているから、こちらなら手が届くお値段だよ? 最初はそこから入ってもいいのではないかな?」

「スーパーデフォルメというやつですね?」

「そうそう。手のひらサイズでとても可愛い。第二聖女のスーパーデフォルメフィギュアを二体買おう」

「………………第二聖女ですか?」


 それって私?


「今期の聖女と言われただけで、第二聖女とは言われてませんよ?」


 シリル様は静かに首肯する。


「アクランド王国初代国王妃であり大聖女はあまり男心に詳しくなかった」

「は?」

「僕は少年たちの心をしっかり理解しているつもりだ」

「え?」

「憧れとは甘く酸っぱいものなのだよ?」


 シリル様はすべて心得たと言わんばかりに静かに頷く。



 いや、甘いとか酸っぱいとか? 第二聖女のスーパーデフォルメフィギュアなんぞを買って帰ったら、苦いと思う。水着を買うのもお昼を食べるのも振られたばかりですよ? それに第二聖女なんてフィギュアがなくても毎日毎日側にいるではないですか? 目の前に一分の一スケールが。






二日空いてしまい、申し訳ありません。

毎日もしくは隔日投稿予定です。

時間は最近、二十時です!

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