345【029】『闇の賢者の伝説』
それから私はせっかくなので、魔法史の授業、取り分けミシェルが好きそうな闇の賢者についての物語や、闇魔法の特性などを伝える。歴史という科目は、ただ史実を伝えるだけでは盛り上がらない。やはり人の織り成したドラマというか、歴史上の人物、今日の内容でいうなら初代闇の賢者が、どうやって魔法発現し、どんな風に闇魔法のプログラムを組み立てていったか? 彼の原動力はなんだったのか、その背景は何か? などを伝えながら、こう一人の人間の生き様のような部分を説明すると、頭に残りやすい。
闇の賢者というのは、七賢者中、断トツで魔力が少なかった。もうそれはとても有名な話なのだ。実際闇系統の魔術師というのは、一般的に魔力が少なめな傾向がある。アシュリも体内の魔力量は少なかった。でも――それでも私は彼の足元にも及ばなかったのだ。魔力の使い方も、魔術の多様性でも。魔力量イコール強さではないと。その結果がこれでもかというほど出ていた。強さとはそんな単純なものではない。もっと複雑で、努力と知恵の付け入る隙があるものなのだ。それを証明した賢者。だって彼はその魔力量で以て、天才と謳われた初代国王陛下や魔力の塊と言われた炎の賢者と肩を並べたのだ。そういう意味でも、彼の行いは庶民層で希望となっている。ファンの多い賢者。実際、ソフィリアの街にあった『建国王と賢者の宮殿』という雑貨屋さんで、クロマルの指輪を見つけたのだ。闇の賢者アイテム。人気があるんじゃないかな?
私は闇の賢者の説明の途中で、クロマルの指輪を高々と掲げて二人にこれでもかと見せる。ふふふプチ自慢です。うふふふふ。可愛いでしょ? 私の宝物ですからね? ちなみにアリスターには先程食堂で見せたばかりだし、ミシェルはそもそも買った時にその場にいたという……。銀貨一枚というお値打ちでしたね! お値段もお気に入りです。
「闇の賢者は宝飾品を好んだといいます。五本の指に一連ではなく三連にして指輪を身に付けていたといいますからね。闇の賢者が手を振ろうものなら、その場からキラキラキラキラ光が溢れていたことでしょう」
「その指輪を闇の賢者様はどうするの?」
ミシェルが当然のように質問をする。想定通りの質問ですよ? 想定通りの質問には大概、教師は詳しい返答を用意しているものです。
「それはもちろんただの指輪ではありません。一つ一つに巧妙な罠が仕掛けられているのです。例えばこんな魔法陣――」
棚の上に用意してあった教材の中から、一枚の魔法陣を取り上げる。
私は闇魔法は当たり前だが打てない。属性違いだ。打てないけども以前盗賊の前でブラフとして使わされた経験から、いくつか暗記しようと思い、本から書き取ったものだ。書くと覚える。見るよりも効果絶大だ。後でアリスターとミシェルにも写させるが、その時にミシェルには文字の書き取りを教えよう。自習時間も大事。
「素晴らしい魔法陣ですよねー。非常に精巧で、緻密。この魔法陣を組んだ主はとても美意識の高い方ですよ?」
眺めながらニマニマニマニマしてしまう。
現代魔法の魔法陣ですからね? 初代が組んだということはないと思いますが、これも賢者級の美しさですよ? まあ、多分、何代目かの闇の血統継承保持者作でしょうね? もしも、制作者がアシュリだったら別の意味でショックですけども……。
「このような魔法陣を指輪の石に仕込んでおいたのです。仕込むことで、魔法を瞬間発動させられます。その石に刻み込んだ魔法陣が発動するわけですから、タイムラグがない。魔法の命はスピードですから。剣よりも弓よりも槍よりも速くなくてはいけません。そうでないと戦えない。魔法士というのは、当たり前ですが剣士の間合いには入ってはいけません。基本中距離です。物理武器と違って魔法の間合いは広いですからね? 対象に無理をして近づく必要などありません。雷の魔術など、何キロも先まで展開できるのですよ?」
二人の年少組はほーぉと感嘆の声を上げる。
凄いでしょ? 魔法への興味をくすぐるでしょう?
魔法師補助事務官は自分の担当魔導師の魔法陣などを記録に残したりもしますからね? 魔法陣を理解していた方が重宝されます。ミシェルも詳しいにこしたことはありません。
「ところで、その魔法陣はいったいなんの魔法なのですか?」
アリスターの問いに、うんうんと態とらしく頷く。
気になる? 気になるよね? ここまで引っ張ったんですものね。記憶に定着しそうでしょ? ああ、あの時第二聖女のお姉ちゃんが言ってたなーとかって想い出すでしょ?
「この魔法陣は悪夢の霧と言われるものです。二人共ぜひ覚えておいて下さいね? 攻撃してきた者を霧の世界に誘うのです。しかもどちらが上でどちらが下か分からない。平衡感覚を失う霧。その上、その者の一番見たくないものを見せるとも言われています。怖いですね? 闇魔法。蟲の苦手な者には蟲でも見せるのでしょうか?」
自分で言っていて、背筋に鳥肌が立った。私は虫は平気なのだが……でもやっぱり虫によるかな? 蝶々とかテントウ虫とか可愛いし。
「この霧の優位点は、時間稼ぎです。これさえ発動させれば、その場からとっとと逃げおおせますからね? 子供の護衛魔法にはぴったりでしょ?」
そう言って、二人の生徒を見てニッコリ微笑んだら、ドン引きされた。
ん?








