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342【026】『狭くて居心地の良い場所へ』



 私達は薬草の溢れた狭い部屋でアリスターの焼いてくれた焼き菓子を食べた。

 陽射しが窓から入って来て、部屋を明るくする。

 陽射しが行き届いた部屋は、ハチミツ色で、美味しい焼き菓子と、ポットのお茶も相まって、甘い気持ちにさせられるから不思議。


 小さなテーブルと、並んで腰を掛けたベッドの上で、少しお行儀が悪くても、ここが一番柔らかいし落ち着く場所なのだ。


「君と同い年のパティシエ志望の男の子が作ったんだよ? もう会った?」


 少しずつ焼き菓子を口にしていたミシェルはその手を止めて、私を見る。


「……会いました。この離れに唯一いた僕と同じくらいの少年。初日に紹介されました」

「そう」

「……エース家で預かっている子供だと言っていました」

「そう。ついこの間からね? 春に入りたてのミモザの季節に、孤児院から引き取ったんだよ?」

「………あの子が……」



 ソフィリアの街で別れる時に、少し伝えたの、覚えていた?



「そう。訳あって孤児院から引き取ったの」

「エース侯爵家は慈善事業家なのですか?」

「もちろん大侯爵領を束ねる家だから、一定の慈善事業をしているものだけど、それだけじゃないよ?」

「……魔導師だから?」


 当たり。

 一言くらいしか伝えてなかったけどよく覚えてたね?


「そう。あまり目立つ色素発現をしていないから分かりにくかったかも知れないけれど、陽の下で見るとね、瞳が紫色なの」

「紫? 闇の魔導師ですか?」

「そうなるね」

「闇。闇の魔導師を見るのは初めてかも知れません」

「うん。そうかもしれないね? 闇の魔導師はとても目立ちにくいんだよ? 紫といっても黒髪に近いと、一般人に溶け込んでいるし、瞳も明るいパープルではないからね? 紫紺とかだと蒼かな? 黒かな? みたいな感じだし。そしてあまり前線には出ないかな? 仕込み魔術の専門家だからね? ただ、アリスターの場合は召喚の魔術師だから、特別にフロントにも行くかもね? 何と言っても使役獣の魔力は桁違いだから」

「使役獣?」

「そう。彼の肩に乗っていたり、抱かれていたりしている黒い生き物。あれはアリスターの魔術で魔界と人界を繋いでこの世の物ではない生物を召喚したの。世界が違う。異界のもの」 

「……異界」

「そう。アリスターは空間を操ることに長けた魔術師だから」

「……空間っ」



 アラ? なんだかミシェルの頬が……赤?



「魔物。召喚。魔術……まるで物語みたいですね?」

「そうそう。そうかも」



 特にピンと来るのは建国記だよね?

 そうでしょ?



「吟遊詩人が……ソフィリアの街に来ることがあるんです。国中を巡っているのでしょう? 数ヶ月に一回ですが、あの街の広場で聞かせてくれる。夢みたいな物語。僕は少し離れた場所からこっそり聞くんです。スラムの子だからあまり前には行けないし、バレたら嫌がられるし、お金もないし………。でもスラムの子でも建国記は知っています。この国に生まれた者は誰でも知っている。七人の賢者の物語。子供達はだいたいそれぞれに好きな賢者がいるものなんです。僕は………あんな生まれだったから煌びやかなのは無理で……だから、闇色の賢者が好きだった。闇の魔導師が連れていた魔物というのが―――」

「「スライム」」


 私とミシェルの声が揃う。 

 ああ、この子魔導師オタかも………。

 うん。きっと――


 私は先程、ミシェルの頬に赤味み差した理由を、なんとなーく理解し始めました。

 本人の口からもハッキリ言っていたものね……魔導師に憧れていると。


 思えば私がソフィリアの街で財布を盗まれた時って、広場で魔法を使った後だったかなー。クロマルが……。クロマルが屋台飯を根こそぎ召喚した、あの後だもんね………。魔導師と知っていて財布を盗むなんて危なっかしいな……。私でなければ本当に九十九パーセント返り討ちだ。まあ、私の場合も翌日時間差で返り討ちともいうが……。



「……僕、使用人見習という立場なんですよね? あの闇の魔導師の少年と話せる立場なのでしょうか??」



 ミシェルが私の顔を見上げながら、少し遠慮するような、でもとっても興味があるような素振りで聞いてくる。なので私はニヤーと笑った。またもや目が三日月みたいにしなる。傍目からみるとどういう顔なんだろう。



 うふふふふ。

 こういうのなんと言うのでしょうか?

 こう、策士策に溺れる……全然違う。

 飛んで火に入る夏の虫……違う違う。

 術中に嵌まるというのも違うし。


 別に私が策を弄していた訳じゃない。


 でもなんか鴨が葱背負って歩いて来たみたいにめちゃくちゃ好都合という。



 私はあまりの嬉しさにニタニタニタニタしながら溜めるだけ溜めてミシェルに返事を返す。うっかりするとお腹を抱えて大笑いしてしまいそう。ロレッタ・シトリー耐えるのよ?



「……ミシェル」

「?」

「ソフィリアの街で私がアリスターのことを何て呼んでいたか覚えている?」



 そう言いながらもニヤケが止まらん。



「……………………………………………………お姉ちゃんには弟が三人いて、一人目は実の弟」


 そうそう。それよそれ。

 ついでに実の弟も魔導師ね?


「……………………………………………………二人目の弟は孤児院から引き取った」



 そうそう。

 私はこれ以上ないくらいにやけた。



「つまりは君達は義理の兄弟。もちろん話して話して話しまくってくれて結構ですよ? なんせ二人共私の弟なんですからね? 兄弟弟子じゃないけども、そういう感じでしょう。なんといってもこの後、一緒に机を並べて勉強しますからね? 良かったですねミシェル。『聖女の弟』という称号以外に『闇の魔導師の友達』という称号も手に入りましたね? 今度はシュートですかね? うふふふふ」




 聖女の薬草部屋から気味の悪い笑い声が響いた。



 棚からぼた餅(全然違う)とはこの事ね?

 私は何故だか勝ち誇って大笑いをした。


 第二聖女? うざ?




 

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