334【018】『幸不幸の分岐点Ⅳ』
ゴフッっと噎せたまま私は咳き込む。
ううう嬉しすぎてはしゃぎ過ぎて噎せた。
きき気管に、気管に入った。オレンジの酸味がっ。
ゴフゴフ咳き込む私の背中を、アリスターが擦ってくれる。
この子、集団育ちだからか、年少の子達がいっぱいいたからか、元の生まれた性格からか分からないけれど、優しいんだよね?
小さな手が私の背中を擦り続け、私はなんとか落ち着こうとする。
「大丈夫ですか? ロレッタお姉様。飲食中にニマニマニマニマし過ぎでたのではないですか?」
……いや……ね? だってね? 頭の中で孤児院と塩とセイヤーズ侯爵が繋がった瞬間にニヤケが止まらなくなってしまって。
だって副院長って。そんなって思うじゃない?
直ぐに閃かなかった自分が恨めしい。
「ニマニマニマニマが止まらなくなるような嬉しさだったんだよ?」
「そうなのですか?」
「そうなんですっ」
「副院長先生が塩を持ってきてくれることの、どこがロレッタお姉様のニマニマに繋がるのですか? 教えて下さい」
「…………」
……いや。教えて下さいと言われても? そこは流石に。それは不味い。だってみんなで秘密にしていたのだろうから。
「私のニマニマはね、美味しいフレッシュジュースを見た喜びのニマニマだよ?」
苦しい。言い訳がとっても苦しい。苦し過ぎてアリスターも怪訝な顔をしている。そうだよね? ニマニマの順番おかしいものね? この子頭が良いんだよね? どうしよう? 順不同のニマニマだったら良かったのに……。
「副院長先生が、どこからお塩を手に入れるのか知っているのですか?」
「…………」
知ってるけどもっ。
それはもう絶対セイヤーズの塩だよっ。というくらいには知っている。
塩というのは 海、塩湖、かつて海だった地上。この三つのどれかで取れる。
成り立ちの順序でいうと海→湖→地上となる。
つまりは、この塩の採取場所が存在しなければ、そもそもが塩を作る事は出来ない。
孤児院規模で作るのは無理なんだろうなというのは分かる。
セイヤーズ領は三種類全部採取される。
塩湖というのは濃度が海水の十倍なため、当たり前だが一リットル辺りの塩の採取量が十倍。三十パーセントだ。それだけでどれだけ採取しやすいかが分かる。
セイヤーズ領の富は塩。塩のように美しい白亜の城が建っているというではないか。
塩イコールセイヤーズだよ?
つまり副院長先生というのは――
「全然わかりません」
私は満面の笑みで答える。
「私は副院長先生と会ったことがありませんからね? さすがにお塩をどこでどうしているかは分かりません。きっと給金で買っているのではないでしょうか?」
ニマニマではなくニコニコの笑顔で答える。胡散臭くないですよ? この笑顔も本物ですよ?
「………へー」
アリスターは平坦な返事をする。
ああ、その目。明らかに私を疑っている。
私笑い過ぎましたか? ニマニマし過ぎましたか? 顔に出しすぎましたか?
肩の上のクロマルも私を胡散臭そうに見ています。
実際胡散臭いけどもっ。
「美味しそうですね? 食べましょうか」
私はじーっと見つめてくるアリスターとクロマルを尻目にお祈りの姿勢に入る。
「アリスターも。一緒に祈りましょう?」
私達は聖句を唱えながらも、既にオレンジジュースを一口飲んでしまっていたが、そのことは完全になかったことにして、神に祈る。
「それでは頂きましょう」
私は食べる毎に祈っている訳ではないのだが、学園では祈っていた。
卒業後は内心で高速処理する場合もあるし、聖句を短縮する場合もある。
今はシスターに育てられたアリスターとの食事だったので、フルバーションで祈ってみた。そして横でアリスターも同じように祈っていた。
これで塩のことは有耶無耶に済んだかな?
私は美味しい朝食に舌鼓を打ちながら、パクパクと食べていた。
オレンジジュースのお代わりをしようかな? もう一層のことピッチャーごとテーブルに置きたいな? などと思いながら二杯目を取りに行って帰ってくると、アリスターがボソリと呟く。
「副院長先生のことは秘密なんですね?」
その言葉に、私は再度噎せた。








