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333【017】『幸不幸の分岐点Ⅲ』





 エース家離れの厨房は離れの割りには広く造られているというか、勝手口から続く食料搬入路や、中規模のパントリー、そして中央部には大きな作業台が置いてある。ちなみに厨房に併設されたパントリーは中規模だが、本格的な食料庫は庭の陽当たりの悪い場所に石造りの本格的なものが三基くらい建てられている。もちろん庶民の家よりも大きなものだ。人が住めるやつ。秋に実った林檎などを一冬分貯蔵していて、春になり春の果物が実るまで食べ続ける。ジュースにしたり、パイにしたり。残った林檎はジャムなど加工品にして、次の初冬、林檎が実るまで食べ続ける。


 作物の採れない冬はリスや熊など森の動物は活動を停止させ、冬眠してしまうけれど、人間は冬も起きて活動するから、食べ物の備えが必要だ。ルーシュ様はセイヤーズの伯父に交渉して、食料庫を一基増やしたいと言っていたっけ。氷室のような特に温度を下げた建物にしたいそうだ。


 そうすれば、本来は保存に向いていないものも、貯蔵出来るかもしれない。

 エース家行動早くない? 早いよね? 危機管理意識高いと思う。



 朝は使用人用に人数分作られたものが、大皿にこんもり乗せられていて、ワンプレートの木皿に好きな量を取っていく。そして隣の食堂で食べるのだ。裕福仕様だと思う。お茶は自分で入れて、スープも自分で温める。火魔法の総領家だから、この厨房で使われている魔道具のコンロやらオーブンやらが最高級品なんだよね? ワンタッチだよ? ワンタッチ。素晴らしい作り。ちなみに恐ろしいことにシトリー領では薪をくべたりする。庶民と全く同じ仕様。驚きの貴族生活だった。



 私とアリスターは食器棚からお皿を出して、好きなものを盛っていく。

 私はなんだかパンの気分だったので、パンを三つと、そう朝から三つ。盛り仕様。

 その中に挟む新鮮なお野菜とか卵とかを採っていく。

 これは毎朝農家の方が持って来てくれるのだ。年間契約しているとかで。

 王都近隣の農家は、朝一番に朝市に野菜やミルクを売りに来る。

 農家の中には、貴族と契約している家も沢山あり、朝市に出しつつ貴族の家も回る。



 冷蔵ボックスを売り出す時は、このサイクルを壊さないように慎重に売り出していかないと。野菜というのは収穫時期が決まっているが、そんな中でも収穫期をずらす為に、種撒きを一週間ずつずらしていく。そうすると一気に取れずに順繰りに収穫タイミングがやってくるので長く提供出来る。もちろん季節をみながら出来る範囲でということになるのだが。


 冷蔵ボックスを使えば、その野菜のラスト収穫期から一週間くらい延長して食べられるかもしれない。農家を困らせない感覚で使えるかも。毎日持って来てくれる時期に使うと、買い付け量が落ちてしまうかもなので、そうならないよう見越してというのが良いよね? 



 そんなこんなを考えながら、オレンジジュースが入ったピッチャーと目が合う。

 ああ素敵すぎ。この色。太陽の色。

 でもピッチャー重い。

 私はヨタヨタしながら三人分のオレンジジュースをコップに注ぐ。

 一度には持って行けないから、分けて隣の食堂まで持っていくと、アリスターはアリスターで三枚分のプレートを分けて運んでいた。


 おおぉ。

 沢山食べますね? 多分クロマルが?



 私はキョロキョロするがミシェルの姿はない。

 料理長や見習いの方は一段落してゆっくり朝食を食べていたが、副執事や副侍女長はもう出払っていた。既に上司より出遅れている?



「アリスター、全種類取ったんですか?」

「はい。どれも食べてみたくて」

「なるほど」

「孤児院ではお腹いっぱい食べるということがなかったので」


 それはそうか。


「同じ物をずっと食べ続けるのです。孤児院の田畑で取れた野菜を塩だけで煮て、そのスープと硬い硬いパンです。一週間に一度窯で焼くのですが、これが重労働で……。野菜のスープと硬いパンが永遠にずっと続きます。それでも収穫のあった日はまだましで、ない日は塩スープ、塩が手に入らない時は、お湯でしたね………。塩は作れませんから、お金がないことには買えません」

「…………」


 アリスターとクロマルの前にオレンジジュースをおいて、私も席に着く。

 そういえば、シトリー領も負けないくらい貧乏だったけど、塩だけは倉庫に袋であったな……。あれはセイヤーズの塩だったのか………。



「何日くらいお湯スープが続くのですか?」

「……貴族の方が寄付に来てくれれば、その足で街に買いに行きます。一週間お湯スープが続くと、副院長先生がふらっと何処かに行って、塩を袋で持ち帰ります」

「副院長先生ですか?」

「……そうです」

「??」


 身を切った?

 自分の給金とかから買った?

 いやでもなんで院長先生ではなく副院長???

 副? そういえば伯父様も副院長に会ったか? なんて名指して聞いてきた。



 副院長……。

 つまりただ者ではないと。

 そうなるよね?

 懇意にしていた孤児院の副院長だからって、あの王妃の奸計をチクっているその最中に名前を出すなんて、普通じゃない。



 そこまで考えて私はピーンとくる。

 いやもっと早く気付けというアレだ。

 塩とアリスターの出身孤児院と伯父様。



 なんだそっか。

 そうなんだ。

 気づいたら私は自然と顔がニマーっとしてしまった。



 その顔のままニマニマニマニマとアリスターを見る。

 ああそうですか。そうでしたか。うふふそうなんですね。



 危険、ニマニマがまったく止まらない。



「あの、ロレッタお姉様?」



 私がニマニマし過ぎてアリスターが若干引いている。



「副院長先生はお優しいんですか?」



 私は嬉しすぎてちょっと声が上ずってしまったというか、態とらしくなってしまったというか。正直アリスターの返事なんて聞かなくても分かる。極上に優しいはずだ。私は確信した。間違い無いでしょっ。というより間違えていたら恥ずかしいわっ。



「副院長先生はずっといる常勤の先生ではないのです。けれど来るととてもお優しい」



 そうでしょう。

 そうでしょうとも。


 ああ、事前に知っていたらしっかり紹介して頂きたかった。

 全然知らなかったから、会わずに? 終わってしまった。

 大変悔やまれる。



「お綺麗な人なんでしょうね?」


 アリスターは少し怪訝な顔をする。


「そういうのはあまり分かりません」

「うふふ。そうなのですか? きっとお綺麗な人ですよ」



 私は嬉しすぎてニマニマが行き過ぎてニヤニヤニヤニヤしながらオレンジジュースを飲んだら噎せた。



    

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