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332【016】『幸不幸の分岐点Ⅱ』





 私は上級使用人が食事を取る部屋に向かいながら、アリスターとミシェルのことを考えていた。アリスターはエース家に引き取られた養子候補生で使用人ではない。養子になるべき素材か、それとも後見だけで終わるかは、もう少し大きくなってから、性格や人柄そして魔力量で判断される。彼の場合、闇の血統継承保持者な訳で、そうなってくると闇の侯爵家エルズバーグが黙っていないだろうな……とも思うのだが、孤児院から正式に引き取ったのはエース家なわけだし、闇の血統継承第一位のアシュリがエルズバーグ家にアリスターを渡す訳がない。彼の真意は、水の侯爵家と炎の侯爵家の二家をアリスターの後見に付けて、闇のエルズバーグ家に対抗すること。


 セイヤーズが後見なのは彼の血筋を鑑みれば当たり前といえば当たり前だ。本家の姫の隠し子な訳だから。どんな事情があろうとも当主の甥に当たる。属性が違うとも、隠し子であろうとも、セイヤーズは必ず守る。伯父様と父が守ると決めた以上はそこは絶対にそうなるだろう。可愛がっていた末の妹姫の子供なのだから。


 故にアリスターの行く末というのは、エース家かセイヤーズ家かエルズバーグ家に絞られる訳だ。その中でも、エルズバーグ家となると、血統継承保持者である限り、当主という位がチラつく。チラつくというか……正統な当主候補になるだろう。召喚魔法と時の魔術を操るのだから。



 でもさ――幸せという観点から考えれば、それは一番悪い選択肢だ。正当性が一番高いものが、よりにもよって一番不幸とは……。叔母様とアシュリが正式に婚姻し、アリスターが嫡子となれば、正式にシトリー伯爵名代の息子。父はシトリー領をどうするのだろう? 実の息子であるリエトに継がせるのか、実妹に譲渡するか、もしくは実の甥をシトリー伯に付けるか……。



 私が見た感じでは、父は領政には向いていない。なんだかんだで彼はセイヤーズの次男なのだ。多分、ゆくゆくはセイヤーズ領に帰るのではないだろうか? そんな雰囲気ではある。



 そんなことをつらつら考えていると、前を歩くアリスターが目に入る。彼も使用人の食堂に向かうところなのだろう。使用人ではないのだが、使用人の食堂で食事を取る。食堂というか厨房の横にある部屋というか、そういう場所だ。なんというか、まあルーシュ様を若干引かせた『夢はパティシエ』という言葉が出るくらいなので、厨房が第二の部屋くらいには滞在時間の長い場所。料理人と仲が良いとも聞いているし、この館の主であるルーシュ様は朝は起きないしで、一人で食堂や部屋で食べるというのは馴染めないようで、やっぱり孤児院の延長ではないけれど、皆でわいわいということなのだろう。



 後ろ姿が可愛すぎる。

 昏い紫色の髪をしているが、一見では黒髪に見える。

 そして肩にクロマル。

 クロマルは魔物なのだが、家畜とか動物にはカテゴライズされていない。

 ルーシュ様いわく、『アリスターの使い魔』。

 使い魔は主と共にあるものという仕様が使用人一同に周知されており、食堂にも入るし、部屋にも入るし、湯浴みもするし、ご飯も食べる。そういうものであると副執事から説明が入っている。 



 私はそろりそろりと後ろからアリスターに近づき


「おはよう」


 と言って、ぎゅーっと抱き締めた。

 ぎゅうーぎゅーっと。

 華奢で柔らかい。

 可愛い。



 アリスターは一瞬ビクッとなって硬直したが、されるがままになっていた。

 驚かしてしまいましたか? でもこれは毎朝の仕様なんで慣れて下さいっ。



 アリスターがいた孤児院の院長は最後の別れの時に、彼の首にロザリオを掛けて抱き締めていた。育ての親だから――というのももちろんあるだろうが、抱き締めるという行為。その行為自体が人に与える影響はとても大きい。温かい肌と肌を重ねて、君が好きだよ? と伝える行為だ。ただそれだけの行為で、人は自尊心が回復すると言われている。自尊心とは、自分を大切に思う気持ちのこと。誰からも愛されなければ、自尊心はダダ下がり……。下がって下がって自分は無価値? となってしまうから、親のいない孤児院の子にはそれが起こりやすいから、敢えて意識的にハグをしているのだと思う。



 それにしている方としても、ハグをすればするほど可愛いさが増す。四の五の言っていないでハグしてハグしてハグしまくれという話だ。ハグは嘘つかない。ちゃんと愛情が伝わる行為だ。言葉だけじゃなくて、体でも、君を愛しているよと伝える行為。



 そもそもアリスターは私の従兄弟だし。驚いたことに血が繋がっているとキタ。

 お父様の妹の子!?

 いや……正直、妹がいるとも聞いていなかったわ。言い難かったんだろうという察しはつくが。それにしても、目の前のこの子が従兄弟。 



 年下の従兄弟と言えば、もうそれは弟のようなもの。

 これから沢山可愛がろう。

 うざがられても可愛がろう。

 ハグを避けられても、捕まえよう。そうしよう。



「ロレッタお姉様、おはようございます」

「おはよう」


 昨日はゆっくり会えなかったし。

 一昨日は一方的にお昼を作って貰っただけだったし。

 あのバスケットの中味は美味しそうだったのに、結局魔法省には辿り付けず、馬車に置き去り。そのまま腐らせてしまうのも勿体ないしで、使用人の皆で食べたらしい。御者さんグッジョブだね。機転とか色々。良い仕事するな? 気遣いとか状況がよく分かっているな? あんな素敵なサンドイッチが無駄にならずに済んで本当に良かった。



「食堂まで手を繋いで行きましょう」


 私がそう誘うとアリスターは再度固まった。


「家の中で手を繋ぐのですか?」

「そうですよ? 家の中ですが繋ぎます」

「……えー」


 アリスターは大変疑問に思ったようなのですが、聞こえなかったフリをして手を繋ぐ。

 そのまま廊下を手を繋ぎながら歩いた。


 ああ。アリスターが下を向いてしまいました。

 恥ずかしいのかな? 居たたまれないのかな? どっちもかな?

 お姉さんは察してあげませんよ?

 私はにっこり微笑んだ。



 アリスターは第二の分岐点にいる。

 結婚ではないけれど、彼は育ててくれた人達から巣立って、初対面の人達と一つ屋根の下に暮らしている。帰る予定なしでだ。分岐点以外のなにものでもない。


 分岐点には不安がつきまとう。

 慣れない場所で生活していくのだから。

 家族が変わったのだから。



「アリスター」

「はい」

「私のことは血の繋がった実のお姉さんだと思って下さいね」

「え? 血の繋がった??」

「そうです」

「…………」

「私達は今日から血の繋がった姉と弟」

「…………」

「そういうことにしましょう」

「…………」

「ルーシュ様のことは義理のお兄さんくらいに思って大丈夫ですよ?」

「ロレッタお姉様は血の繋がったお姉様で、ルーシュ様は義理のお兄様と思うのですか」

「そうです」

「…………」



 私達はそのまま食堂につくまで手を繋いで歩いて行った。

 口ではお兄さんお姉さん扱いについてを力説。


 そんな私に強い視線。

 クロマルがじーっじーっと見ている。

 スライムにガン見されました。

 私は怪しくないですよ?




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