329【013】『夜中に積もる紙Ⅳ』
俺はシリルをしげしげと見やる。
こいつ、今期は弟が四人もいるのに、なんでか昔から俺の前では弟分みたいな存在なんだよな?
うっかり調子に乗ったりするし、大概の事は相談してくるし、困ったら泣き付いてくるしで、初めて同い年に生まれたのに、やっぱり立ち位置が弟という………。
「おい」
「なんだいルーシュ」
「擬装結婚は最後の最後で王妃の奸計を回避出来なかったらするという苦肉の策だからな?」
「そうだけどさ」
「そうだけどなんだ」
「そんなパターンは今までなかったから新鮮で」
「…………」
「擬装でも嬉しいんだよ」
シリルが王太子スマイルでにこにこにこにこ笑っている。
「擬装でも、ロレッタの薬指にイエローダイヤモンドを嵌めて、白い婚礼の衣装を着せて、教会を歩いてみたいんだ。夢だから。初代はそんな甘い婚姻には結びつかなかったから。想い出しても苦しいだけで、後悔ばかりだったけれど、今期のようにお互い納得の上で擬装です。これはフリですと理解していれば、ロレッタの顔から表情を失わせないで済む。フリだから彼女の笑顔は曇らない。だからフリで充分。フリでも僕の花嫁になってくれるのだから」
俺としては言いたいことが山ほどあるのだが………。
フリで充分と言って、嬉しそうにされると、なんだかな。
胸の奥が締め付けられるというか………。
何代も代を重ねると、段々理解出来ることが多くなる。
当たり前だが、何度も何度も同じ生を生きているのだから。
ロレッタ……というか大聖女が心の奥底から望んでいるもの。
それは薄々理解している。
理解しているから享受出来るかというと、それは難しくもあるのだが。
難しいからこそ円環の要になっている可能性がある。
擬装結婚なんて本末転倒な事は確かに初めてで、初めてのことはやってみる価値があると言われれば、確かにそうとも言える。
俺達七賢者が変わらない生を生きていても、周りの人間は違う。それぞれにそれぞれの思いが渦巻いている。賢者が同じでも時代と環境が違うのだ。あまり無理にねじ曲げたくない。正直、ねじ曲げるのは懲り懲りだから。
ある程度は自然の流れに委ねるが、エース家の侍女の次は王太子との偽装結婚ね? 公に王太子妃となってしまえば、更に疵は増えそうなのだが……。しかしながら、手の付かなかった妃の下賜はままあることではある。
「今はエース家の侍女だからな?」
「……分かっているけど」
「ロレッタの夢は侍女長だぞ?」
「そうだけど」
「一時的に王太子妃になったとしても、擬装だからな。戴冠する時に下賜するんだぞ」
「…………誰に?」
「エース家以外ないだろ?」
「………ルーシュに?」
「そうともいう」
「………………」
あ、ルンルンしていた俺の弟分の王太子が分かり易く傾いだぞ。
「擬装結婚指輪は中古店に売るぞ」
あ、更に傾いだ。
「いいな?」
「…………良くない」
「偽装結婚とはそういうものだろ」
「…………そうだけど」
傾ぎすぎて膝が床に付きそうになってる。
「子供は作るなよ? 五人でも六人でもというのはあくまで妄想でお前の中だけの夢だからな? 分かっているか?」
シリルは床に突っ伏して動かなくなり、数分後に頷いた。
王太子が床で寝るな。
そして分かり易く絶望するな。








