328【012】『夜中に積もる紙Ⅲ』
――――日記
――――――ロレッタ日記。
「お前、その私的な文書、しかも特定個人の事を書かれたものを他人に見せるのは恥ずかしくないの?」
俺は尤もな疑問を口にする。
それはそうだよな?
価値観として間違ってはいないはず。
………既に俺には事後だが……。
俺の目の前に座る王太子は優雅に微笑む。
貴公子然とした、非の打ち所のない所作。
「………恥ずかしくないわけないだろ? むしろ恥ずかしいに決まっている。これは人としての秘部のようなものだよ? 他人に見せるべき部分じゃない」
「…………」
えー………。
そんな、余裕の笑みで言われても?
俺に率先して見せたよな?
「しかし、良く考えてみたまえ」
みたまえって。急に上から?
「これを見せる相手は六賢者。今更だと思わないか?」
「…………確かに」
今更感はある。というか既に取り繕うレベルではないほどバレバレという……。
「王太子にとって羞恥など――」
「など?」
「心がチクンと痛むくらいだ」
「……痛むんだ?」
「多少は」
「ほう。多少ね」
「そう、多少。公の場にこれでもかと立つ立場だからね? もう恥ずかしいことなど盛り沢山。公の場で躓いたり、噛んだり、食べたケーキのクリームが着いていたり」
「……そんな隙だらけのお前は見た事ないぞ?」
「例え話で実際はほぼない」
「やっぱりないんだな?」
「躓くのも、噛むのもほぼないが、これはただの慣れによるもの。慣れ以外の何ものでもない。王太子歴は長い」
「ああ、相当長いな。なんせ全ての代で王太子」
「そうそう。たまにはロレッタのように家を違える可能性だってありそうなものだが、王家の子息イコール王太子ではなく、雷の魔導師イコール王太子と定めてあるので、分家に生まれようが王族規定により王太子」
まあ、王家は特にそうなっているな。
王家以外の六賢者六候爵家では、例外もあるが……。というか光の侯爵家は例外しかない……。
「しかし、実際の所、王家を外したことも、庶民であったこともないだろ?」
「ないよ。ないない。でもさ、それをいうならアシュリは庶民出身だから、闇の血統継承は結構彷徨っているよね?」
「……あそこはな、魔力量で血統継承が遺伝しないから、若干零れやすいんだろうな……」
アシュリは三世代くらい庶民だったのか?
結構がっつり庶民に落ちていた。
だから本家に侮られたのだろうが……。
アシュリにもこの日記を見せると思うと複雑だな……。
「アシュリには途方もない記憶がある。なんせ初代と二代三代等々と延々一緒にいたのだからな? 日記の原型が変わるくらいにはがっつり書き込みが入るぞ?」
「望むところだよ? 何のためにこの日記が存在しているかを考えれば、どんな情報でもありがたい。羞恥なんてくだらない感情よりも、推しの死を回避することが最優先事項じゃないか?」
「……推し」
「そう推し」
「教会を辞めても推しなの?」
「もちろんだとも。所属が変わっても、彼女の存在は変わらない」
「……聖女イベントはどうなるんだろうな? ハンドベル演奏会とか」
結構国民にとって大切なイベントだ。第二聖女が外れて、第一聖女が修道院に行って、第五聖女が療養中となると、事実上実行不可ではないのか?
「……流石に双子王子だけというのも、心許なくないか?」
シリルもそこは文句なく頷く。
「……それは、酷く寂しい上に、聖力も乏しい。そもそも今期の聖女イベントから第二聖女を外すとイベント価値がだだ下がりという……」
それは治癒という意味でな。
「……やはり、第五聖女の回復と、次期聖女選定を急ぐしかないかな」
「来期の聖女は出揃ったか?」
「来期の聖女は不作だ」
「……不作」
「まだ二人しかいないと聞いている」
「少なっ」
「しかも幼い」
「………」
「事実上の来々期になる」
「……えー」
「掘り出し物を探さないと」
「ん?」
掘る??
何処を???
掘って出る井戸とは違うぞ。
「そもそも聖女とは王家直系に出やすい。王妃腹の子がいない時期は必然的に少なくなるよね?」
「……それを言っちゃ」
王家が聖女を囲い込んでいる証拠を再確認してどうする?
「単純な話なんだけど、聖魔法は直系の血統継承者が子をなしていないから、魔力が弱くなりやすいんだよ………」
「…………」
それは――
「僕は、五人でも六人でも欲しいけどね?」
目の前で王太子が不敵に笑う。
感じわる~。
夜中に、俺の部屋で自分の日記を見せながらマウント取るなよ?
日記を見せている時点でマウントなんて取れないからな?
気づけよ?
俺はニコニコ顔の王太子を目の前にして、深い溜息を吐く。
偽装結婚が功を奏して、喜びがだだ漏れなんだな?








