327【011】『夜中に積もる紙Ⅱ』
デザイン画を描きながら、十枚目の目処が経ったところで、シリルが俺に向かってボソリと呟く。
「……僕はロレッタ日記を付けているんだ」と。
「………」
………ロレッタ日記。それは――
他人に存在を明かしていいやつなのか?
心の奥底にそっと仕舞っておく部類の何かなんじゃないのか?
「ルーシュ、聞こえているのか?」
「……ああ、聞こえているさ。そっとしておいた方が良さそうな案件だからスルーした」
「いや、そっとしておいてくれなくていいし」
「そうか? 聞かなかったフリをした方が良くないか?」
「良くないよ」
「……えー」
「自分で書いたものを、何度も何度も読み返している」
自分で書いた日記を何度も何度も読み返しているとか、尋常じゃないぞ?
お前大丈夫なの?
「……実は、今日持って来ている」
「え!?」
「ルーシュに読んで貰おうと思って」
「!?」
他人が読んで良いやつ?
本気か!?
日記だろ?
「俺はお前の拗らせた色々を読む気はないのだが……」
「ぜひ読んでくれたまえ」
「えー……」
気が遠くなること言うなよ。
「全五十巻だ」
「!???」
嘘だろ?
ロレッタ日記、どんな長編。
五冊じゃなくて、五十巻かよっ。
「この内容を君と共有して、発展させたい」
「…………」
シリルは『ロレッタ日記』と書かれた分厚いノートを取り出す。
ああ、一冊しか持って来ていない訳ね。
それはそうか。五十冊なんて持ち運べないかなら。
「あとの四十九冊は明日渡す」
「…………」
お前の日記を五十冊も読むとか?
俺の精神力は大丈夫?
「余白を作ってあるから、気付いたことがあったら書き足して欲しい」
「?」
そこまで聞いて、俺は日記を手に取ってパラパラと捲る。
「物心ついてから、毎日毎日書き留めたものだ。詳細を全て書き取っていたら五十冊になった」
俺はその日記を食い入るように見る。
「夢で見たことを全て書き取ってあるのか?」
俺の言葉にシリルが頷く。
「一見関係無さそうなことでも、何に繋がるかは分からないから。細かい所まで書き取った。書き取らないと不安でもあったから………」
一代目ロレッタから、全ての代のロレッタが断片的に紡がれている。
「僕が見ていたロレッタだけだから、全てじゃない。ここにルーシュのも書き足すべきだ」
「………魔法は掛かっているな?」
俺は日記を確認しながら魔力を流す。
防火だけではなく防腐破損防止などがかけられている。
「……全ての代において擬装婚なんて存在していないよ? 新鮮だと思う」
「それはそうだろうな」
そもそもそんな発想がない。
擬装婚って。
逆境から出た苦し紛れだからな。
「彼女は二十歳で死んでしまうのは、やはり大魔法の盟約の因果律………」
声を抑えたシリルの言葉に、俺は首肯する。
それは勿論、そうなのだろうとは思う。
しかし、初代以降、直接的な原因が違う。
「毒を盛られた代もあったな」
「そうだね。聖女が解毒魔法をしらない新種の毒とか」
「背中から心臓一突きというのもあったな」
「そうそう。刺された瞬間気を失った奴ね」
俺とシリルは溜息を吐く。
「紅の魔術師の侍女というパターンも初めてだよね?」
「……そうだな」
記憶は一代目が一番鮮明にある。
しかし、全てではないだろうというのも分かる。
断片的であったり、唐突であったり。
「このロレッタ日記を六人の血統継承者で回して、全ての記憶を共有してみてはどうだろう?」
なんの為に? といえば、もちろんロレッタが二十歳以降も生きられる為になのだろうが。
それは新しい試みだな? 手間は掛かるがやってみる価値はある。
俺の次は氷の魔術師に回して、そのまま闇の血統継承保持者であるアシュリ・エルズバーグか。
その頃には、この甘い感じの日記もシビアでドス黒くなりそうではあるが。
「原本はとってあるのか?」
「物が物だけに、写本を人に頼めない。紛失魔法も添加してあるから大丈夫だと思うのだが……」
魔法自体は日記が白紙の時に、そういった仕様の魔道具として購入したのだろう。
その上で足りない魔法を添加したか特注したか。
記入してからは、流石に誰にも見せられない。
転写魔法が確か以前何処かで存在していたような?
あれは古代魔法だったのだろうか?
どちらにしろ転写は光の魔術師の専売特許。
光をぐっと細く絞り込んで、紙に移すのだが、これが絵よりも時間が掛かったような……。
「このロレッタの水着の絵もデザイナーに見せたあとは、この日記に貼ろうと思うのだがどうだろうか?」
「…………」
今度こそなんのためにと聞きたい。
「この日記を未来の僕に贈るために」
「…………」
「来期の僕とも共有したら、きっと役に立つ。来期の僕も水着は見たいだろうと思う」
「…………」
まあ――
来期の俺も見たいだろうな、うん。








