326【010】『夜中に積もる紙』
ルーシュ視点になります。
俺の目の前には王太子であり別名シリル・エースというエース家の親族に扮する男が座っている。
ロレッタの部屋に行くと言った時は、まるで萎びた果実みたいに意気消沈していたが、帰って来てからは別人のようにほくほくしている。現金な奴だな。
「仲直りは出来たのか?」
「勿論。最高の形で出来たと思う」
「それは良かったな」
「本当に。朝は死にそうだったが、今は明日が楽しみでしょうがないという程までに回復した」
「そこまで?」
「そうとも。ロレッタは優しいから、僕と王妃の所業を混同することなく、今までと変わらず接してくれた。僕は泣きそうだった」
「王太子が泣くな」
「何を言っているんだ。王太子でも涙を搭載した普通の人間だよ? 涙が出なかったら目が乾くだろ」
「まあ、乾くか」
「そうだよ」
「人前ではという意味だ」
「はあ? 夜中に自室で独りぼっちで泣けというのか」
「いや、それも寂しいか?」
「寂しいし虚しすぎる」
「まあそうだな……」
「そうそう」
「王太子は虚しい立場なんだろ?」
「僕は虚しい王太子なんてごめんだ」
「じゃあ、俺の部屋で泣くのか?」
「……いや、それも」
「確かに」
俺とシリルはうんうんと頷く。
夜中に俺の部屋で泣かれた日にはこれ以上ないくらい迷惑という。
「明日、ロレッタの水着を買って、擬装婚のイエローダイヤモンドの指輪を買って、お昼を食べて、聖女専門店に行く約束をしたんだ」
「へー……」
水着と指輪と聖女専門店?
「……擬装指輪ね?」
「そう。とうとう彼女の薬指を黄色のファイアで彩ることが出来る」
「……迷惑だな?」
「素直に羨ましいと言いたまえルーシュ。ルビーの前にイエローダイヤモンドを贈る栄誉を賜るこの僕を」
「栄誉ね?」
「栄誉だ」
「何言ってるんだ? 王妃の奸計だろ」
「そうだけども、上手く利用してなんぼだ」
「開き直り凄いな」
「数ある長所の一つだよ」
「初めて登場した長所だな?」
「確かに初めてこんな開き直って、空笑いを高らかにした気がする」
「面白いな」
「いや、心臓に悪い」
「確かに」
俺達は一息ついて茶を飲む。
こんな時間なのでハーブティーだ。
これはこれでさっぱりする。
「眠い」
最近徹夜続きなんだよな?
不規則というか。
色々あったというかで。
「大丈夫だ。部屋を辞する時、ロレッタが各種ポーションを持たせてくれた」
シリルはテーブルにポーションの籠を置く。
これは……。
前回お目見えした時から日が浅いというか……。
ソフィリアの街で、光の糸を紡いだ時に飲んだあの体力回復&睡眠不足回復ポーション。
今回も、このなんというか馬車馬ポーションに頼るんだな……うん。
俺と王太子はポーションを片手に封を切る。
ロレッタ特有のコンパクトな聖魔法が起動し、ポーションが僅かに明滅する。
綺麗は綺麗だしめちゃくちゃ効くんだよな。
俺達行く末はポーション漬けだ。
嬉しいような悲しいような複雑な気分。
しかもロレッタの特性ポーションは光の味というか、温かい味というか、何と言えばいいのか分からないのだが、優しくされた時の、そういう感覚がポーションから伝わってくるんだよな。これ双子王子の劇不味ポーションというかスムージーというか、あの量も味も凄いものとは大違い。聖女等級は正直だな。
「ロレッタのポーションは危険だな……」
「確かにね」
シリルも飲みながらうんうんと頷く。
「これぞ聖女という味というかね……」
そうだよな。
なんというか疲れに光の聖魔法が染み渡るというか……。
「癖になってそのまま中毒になりそうな。そのくらい心地良いよね?」
シリルの言葉に、俺も頷く。
「……これは付加価値として高く売れる」
今までは教会が専売していたが、ロレッタは教会から完全に足を抜いた。
このポーションを売るだけでも商会を立ち上げる価値はある。
その上、ロレッタが言っていたハチミツとか、そういうものにも少しだけ光の聖魔法を添加して売れば、商品としては最高級。シトリー領の最大の特産品になるだろう。
「で、指輪は三年後に中古行きとして、水着は?」
「酷いっ」
「中古確定」
「未来なんてどうなるか分からないからね? きっと彼女は一生大切にしてくれる。彼女が気に入ったデザインのにするし」
「……へー。で水着は?」
「水着は………」
シリルは束になった書類をテーブルに並べる。
「さっきロレッタと一緒に描いたんだ? どれがいいと思う?」
シリルが持っていた書類の束みたいなものは、夥しい水着のデザイン画。
色も付いていて見応えあるな?
「生地は?」
「水が染み込まないことを考えると、やはり動物性のウールかな? と思うのだが、雪玉草も水を弾くので有名だから。雪玉草かな?」
「確かに最高の素材ではあるな」
俺も引き出しから色インクを取り出す。
「三毛猫のデザインはポケットをオレンジにしたら?」
俺がデザイン画に色を付けると、シリルは頷く。
「確かにアイテムを別色にするとホンノリ猫感が高くなって可愛いね」
「だよな」
俺とシリルはああでもないこうでもないとデザイン画を更に生産していく。
「いっそ三枚くらい特注するってどうだろうか?」
シリルの言葉に俺は当然のように頷く。
「魔術訓練に使うなら多くて困るということはない筈だ、五枚くらいあってもいいだろう?」
「そうだね。じゃあ一層のこと、切りよく十着でいいんじゃない?」
「そうだな。それがいいな。じゃあ、黒に白にミケにトラにサバにキジ、銀にポインテッドにハチワレにオレンジでいいか?」
「じゃあ、その十色に絞り込んでデザインの精度をあげよう」
「そうだな」
俺とシリルは何故か夢中で水着のデザインを精査していく。
日付を又いだところで、俺達は二本目のポーションに手を出した。
「美味いな」
「間違いない」
デザイン画から目を離さずにうんうんと頷き合う。








