319【003】『誰かのためのいとしい未来Ⅱ』
手を取って部屋に引き入れたシリル様だが、往生際悪く私に背を向けて立っている。
壁と喋るんですか?
そうなんですか?
私がベッドから立ち上がって、下からシリル様の顔を覗こうとすると、彼は横を向いて顔を逸らした。
だから私はもう一度シリル様を覗き込む。
再度シリル様が逸らす。
そんな遣り取りが三、四回続いた後、逸らせないように私はがっちりシリル様の頬を掴んだ。
王太子殿下に大変な不敬という………。
「逸らさないで下さい」
「…………無理」
「私は避けられるのが嫌なんです」
「そうは言っても………」
「私の喫緊の夢をお伝えしますね」
「喫緊の夢?」
「そうです」
「差し迫った重要な夢?」
「……いえ、差し迫ってはいませんけども」
「え?」
「え?」
私はコホンと咳払いをする。
落ち着こう。
「つまり最近、一番最近、昨日とか一昨日辺りに突然浮かんだ夢なのですが」
「最新の夢ね?」
「そうです。それです。それなのですが……ルーシュ様とシリル様とアリスターやミシェル。みんなとずっと一緒に変わらずこのエース家の離れでお茶がしたいという。そんな欲望に満ち満ちた夢を見てしまったという」
「欲望??」
「……結構贅沢じゃないですか? 皆が結婚したら離ればなれになってしまったり、戴冠したらお忙しそうですし」
「大丈夫。僕は王太子だろうが国王だろうが譲位しようが、ここに来る。なんせ専用ルームがあるし」
「そうですか?」
「そうだとも」
「良かったです」
私はにっこり笑ってシリル様から手を離した。
お顔に手を当て続けて不敬続き。
「………だから、これからもきっとお立場上色々色々あると思うんです。でも避けたりとか避けたりとか避けたりとかはなしにして下さい」
それをやられてしまうと心が折れる。
「………お願いします」
「君を避けたりはしない」
「さっきしたじゃないですか?」
「……それは」
シリル様は頭を振る。
「……王妃がっ。前のめりで余計な事をするから。本当に余計な事を、しかも力ずくで。許されない論理を君に押し付けて君を傷つけ悲しませるからっ」
シリル様が大きな声を出したのを初めて聞いた気がする。
「………私は大丈夫です。ルーシュ様や伯父様やお母様や、心配して来てくれるシリル様がいますから。だから………」
私はシリル様に向かって微笑む。
「意外に大丈夫です」
昨日は大丈夫ではなかったが………。
今日は少し大丈夫。
明日はもう少し大丈夫かもしれない。
日々はそういう風に続くのかもしれない。
「シリル様、最悪の最善を練りましょう? 最悪の最悪の最悪で回避出来ずに私とシリル様が無理矢理結婚させられてしまった場合のお話です」
「…………」
「第二第三妃を速やかに娶って下さい。そして私とはフリで」
「…………」
「私、王子妃教育を受けてますから。その辺詳しいんです。第二第三妃に魔導師の御子様が生まれれば第一妃は王妃になりませんよね? 戴冠の時に離縁してエース家の侍女に戻して下さい」
「…………」
私の言葉を聞いたシリル様はズルズルと床に崩れ落ち、手をついて絶望した。
え?
そんなに???
「シリル様、大丈夫ですか?」
私が心配して声を掛けると、彼は首を振る。
「全然大丈夫ではない。王妃の奸計に引き続き、更に絶望した……」
「え?」
「……ダメージが凄い」
「え?」
「そこまでキッパリ言われるとは……。最悪の最悪の最悪って。最悪が三回も繰り返される結婚って………」
「???」
「フリとかフリとかフリって……」
「???」
「第二妃第三妃を娶って離縁って…………」
私は首を傾げる。
「最悪の最悪の最悪の最悪の中の最善ですよね?」
シリル様は絶望しながら私を恨めしそうに見た。
「………最悪が四つに増えた」
え?
だって王妃の奸計ですよ?
最悪が五つでも少ないくらいという………。
でも。
あまりに目の前でシリル様が傾いで行くので、私は賢明にも五回目の最悪は言わなかった。
空気読めてる?
合っていますか?








