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318【002】『誰かのためのいとしい未来』






 私は日中、セイヤーズの伯父様の邸で、洗いざらい全てを喋って喋って喋り尽くしてから、水魔法を習うのは明日から魔法省でという話でまとまり、離れのお母様に挨拶していってはという伯父の勧めで、お昼を兼ねてお母様とのお喋りに花を咲かせ、そのままソフィリアの街で会った事や、エース家のことや、王太子殿下のことなど、これでもかと女子トークをしていたら、そのまま夕方になり、迎えに来て頂いたルーシュ様に連れられてエース家に帰宅したという。



 セイヤーズ家は恐ろしい。

 恐ろしく居心地がいい。

 その上、お母様までいる。

 もう何だか何だか自分がそこの家の娘みたいっ! 養女ですけども。

 甘えの沼に浸かって抜け出せなくなるかと思った。母はもう抜け出せそうにない。アレを知ってはシトリー領なんて………不便で貧乏で暑かったり寒かったりで、もうホントに……ね?



 セイヤーズの沼だ。

 とても深くて、なんとも温くて、溺れる。

 そんな養父に甘やかされて、エース家に帰宅した頃には割合元気を取り戻し、アリスターに家庭教師をした後、皆と夕食を食べ、自室に引き取って今だ。


 母には特に王妃様との遣り取りは伝えていない。

 別に秘密にしたとか、口止めされたから等という高尚なことではなく、言った所でまったく全然何の意味もなさなそうだからだ。


 ルーシュ様に勧められたお喋りの道は、伯父様相手に発揮したが、お母様相手に喋り尽くしたのはただの女子トーク。



 私のお母様って、なんというか人畜無害で平和でのんびり穏やかでいることが似合う人で、奸計とかはちょっと懸け離れた存在というか、思考を巡らすタイプじゃないというか、シンプルというか単純というか、つまり謀には向いていない人種だと思う。権力も実行力もないし。にこにこお茶を飲んでいる。それが一番というイメージ。



 だから母の実家。私の母方のお祖父様に当たる公爵様はこう上手いことやって、省エネルートを母に歩ませたのかも知れない。すれすれで聖女等級には漏れているわけだし。光の魔導師だし。厳しくもない、気も使わない、お気楽なシトリー伯爵に嫁がせた。貧乏は想定外だったかもしれないけれど、まあ何があっても路頭には迷わないよね? くらいに思っていただろう。シトリー伯爵ってセイヤーズ家の次男だものね。六大侯爵家序列二位のセイヤーズが道に迷っては国が傾くという………。




 私は伯父様に上手く話せたかな?

 全てを伝えた気でいたが、話し忘れたことはないかな?

 大丈夫かな?



 そんな事を反芻していると、私の部屋にノック音が響く。

 副侍女長かな? それとも同僚?

 そう思って開けようとすると、開かない。

 外から開かないように押さえられている?



「……あの」



 誰ですか?

 なぜ、ノックをしておいて押さえる。



 こんなことをするのは副侍女長や同僚ではあるまい。

 しかし、エース家の使用人部屋に入り込んで、わざわざノックをする人が怪しい人とも思えない。



 侍女関連ではないのなら、プライベートな来訪者だろうか?




 可能性があるのは、アリスターかミシェル。

 でも二人共子供だし、もう寝ていると思うし、ドアは押さえないだろう。




 大人でプライベートで、ここに来るのが可能な人物と言えば――



「シリル様ですか?」



 そう言ってドアを引こうとしたがやはり開かない。

 何故にそんなに硬く押さえるかな?



「シリル様ですよね? どうしましたか」



 開けようよ?

 手を弛めてよ?



 私は束の間の静寂の中、待ち続けたが返答がない。

 でも、ドアを挟んで直ぐそこに人の気配を感じる。

 息遣いというか。そういうもの。




「…………そのまま聞いて」




 やっとドアの前にいる人物が話し出した。

 やっぱりシリル様じゃないか。

 遅くなってから来たのかな?

 魔法省から帰宅する時に、ご主人様とご一緒に帰ってくればいいのに?

 残業でもあった?



「どうしてドアを押さえているのですか?」



 返事を待ったがなかなか返って来ない。



「…………会わせる顔がないから」



 やっと返事が返ってきた。

 ということは、シリル様はあのお話を知っていらっしゃる?

 当事者ですものね? 伯父様経由がルーシュ様経由か………。

 しかしルーシュ様は、どうして私が話す前に詳しく知っていたかな? と考えるとやっぱり星を見ながらした恋のお話が変換されたと考えられる。私もいっぱいいっぱいだったから気が回らなかったけども。それにしても例え話は基本筒抜けなのですね。勉強になります。確かに思い返せば逆の立場ならピンと来そうな案件です。



「シリル様、開けてください」

「………無理」

「無理じゃありません」

「無理無理無理無理。君にどの面下げて会えっていうの?」

「気にしてません」

「僕が気にする」

「では、シリル様がお母様にそのようなことを言ったのですか? 違いますよね? 自分の結婚話を水面下で勝手に進められたのですよね? 寝耳に水ですよね? シリル様も被害者ですよね? 私達被害者同士ですよ? 啀み合っていいことなんて無いじゃ無いですか? 今まで通り接して下さい。こんなことでギクシャクするの嫌です」



 私はドアを開けようと四苦八苦する。

 硬いよガッチリ押さえてるよ。



 私はシリル様に距離を開けられるのが本当に嫌だった。

 嫌で嫌で堪らない。

 今まで通りの三人でいたかった。


 特に。

 ご主人様とシリル様の距離が不自然になるのが嫌だった。

 あんなに仲が良かったのに。

 二人は親友同士なのに。

 私の所為で。

 私の所為で二人の関係が別物になってしまったら。



「……お願い開けて」

「………………」

「開けなきゃ水魔法を展開して、ドアに穴を開けます」

「っ!?」

「ちょっとシリル様、さがって下さい」

「え!? ちょっと待ってっ。うわっ、本当に魔法展開の気配」



 私が水魔法の展開式を構築していると、待ったなしでドアが開いた。

 そこにはばつの悪そうに下を向いているシリル様が立っていた。

 真っ黒な闇魔術師のようなローブを羽織っている。 



「シリル様は今回の件にノータッチですよね?」



 そう聞くと彼は頷く。



「じゃあ、堂々としていれば良いではないですか?」

「それは立場的に難しいし恥ずかしいし立つ瀬がない」

「気にしなくて良いです」

「僕は気にする」

「じゃあ何しに来たんですか?」

「君に一言謝りたかった……」

「シリル様は悪くありません」

「……でも、油断はあった。聖女等級不正裁判の時に」

「――時に?」

「公の場で君を抱き締め、不用意な一言を言った。だから王妃が気を回した」

「あの一言がなければ私は死んでいましたよ?」

「…………」

「王太子を道連れにして死ねないと強く思いましたからね?」

「………え? そっち」

「どっちなんですか?」

「いや、どちらかというと、こう何というか頬を染めて欲しいというか……」

「何を言っているのですか? 死にかけで頬なんか染まりません」

「えー……」

「どっちかというと頬が青くなる場面です。死にかけですから」

「…………」

「頬の色なんて赤でも青でもこの際いいではないですか」

「えー……」

「兎に角、身内がしたことを自分事みたいに背負い込むのやめて下さい。絶対止めて下さい。約束して下さい」




 私はシリル様の手首を掴んで、部屋に引き込む。

 狭い部屋で椅子は一つしかないから、シリル様にはそこに座って下さいとお願いして、私はベッドに座った。




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