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第41話 私の伯父様。




 私がセイヤーズ邸に着いて案内されたのはサンルーム。

 庭に続くテラスが開け放たれていて、心地良い風が入って来る。



 ルーシュ様とは馬車を降りる所で別れた。

 私はセイヤーズ邸へ。

 ルーシュ様はそのまま王城へ向かう予定。


 今夜辺り、シリル様とも話せる時間が取れたらいいな?

 御主人様の所に遊びに来てくれたら嬉しい。



 私達は当事者同士だからきっと共感を呼べるに違いない。

 だって私達が一年後に結婚!?

 ないないそれはないとお互いに思うに違いない。


 実感所か戸惑いしか湧かないという………。



 シリル様と私が結婚!?



 そんな突飛な話どこから湧いて出たんだろうね?

 ああ本当にね?

 なんて言い合ったりして。


 王妃様の頭の中から湧いて出たのですが………。

 王妃陛下の頭の中も、どうなってしまっているのだろう? 

 弟が婚約破棄したから兄って。

 そんな手近な? 落とし所? いまいちじゃないのかな?



 私はブツブツ考えながら伯父様を待つ。

 セイヤーズ侯爵家の現当主。

 そして魔導師集団の最高峰、宮廷魔導師のナンバーツー。

 名実共にこの国の最高官僚であることは間違い無い。

 動かせる部隊が兵ではなく魔法士なわけだが、まあ軍なら副将軍とかそういう位置なのだろうか? 

 軍イコール力と考えるのならば、魔法士は一騎当千なのでその力を手中に収めていると考えられる………。空恐ろしいわ……という。



 父の兄だが、正直出世街道を上り詰めた兄と、事実上、領地を追われ落ちぶれ伯爵って。

 まあ随分と差が付いたものだとしみじみ思う。


 シトリー領にいるであろうお父様、大丈夫ですか?


 娘が一年と空けずにまたよく分からない権力者達の政略結婚に巻き込まれ始めました。しかも一度目より相手が大物という。シトリー伯爵なんて確実に吹いて飛ぶ。歯牙にも掛けられそうにない。まあ、その為の養子縁組だったのだろうが。



 セイヤーズの侍女の方は、年輩の方で始終ニコニコと私を見守って下さり、たぶんそれは、うちの坊ちゃんの娘というような、身内に対する視線だったんじゃないかな?



 つまり、歴史あるセイヤーズの王都邸宅は大変な居心地のよさという。

 エース家に負けず劣らず相当の権威を感じる。



 ここが私の養父様の家?

 違和感凄い。

 書類上はこの家の娘になるの??

 ないないありえない。

 実感湧かない。

 そんな気分がまったくしない。



 しかもテーブルにお茶とティーセット。

 美味しそう。

 食べていいのかな?

 侍女の方もお食べになってお待ちくださいと言っていたし。



 表向きの用事は魔法を習いに来たなのだが、お仕事が立て込んでいるのかな?

 私は侍女に勧められるがままに、スコーンに手を伸ばす。ホワイトチョコレートの入ったスコーンだ。ホワイトチョコレートはカカオが入っていないぶん手に入りやすい。ミルクとバターで作るのだ。ミルクは基本どこの領地でも一定量を生産している。穀物に比べると鮮度が命のため、その地域で生産して消化している。



 美味しい卵サンドとスコーンと紅茶を夢中で食べていたら、ご案内しますと侍女に声をかけられ我に返る。思い切り『美味しい』の世界にトリップしていた。


『美味しい』は凄いな……。

 美味しいものを食べている時、心が無の境地に達する。

 何も考えていない。

 脳内は美味しい美味しいのパレードで、他に何もない。

 無心とはこうやって作るものなのね?

 そうして人は色々な事を忘れ、立ち直っていくのかもしれない。


 王都にオープン予定の『箱庭のアリス』。

 アリス商会でオープン予定(脳内)のカフェ。

 命名がずれたかな?

 以前はなんといっていたか? 『聖アリスの庭』とか『アリスの聖氷菓』か?

 どれが可愛いかな? 成功しか見えんっ。

 なんとしてもオープンまで漕ぎ着けないと。



 脳内が『聖アリスの庭』でいっぱいになった頃、この家の当主であり、私の養父であるローランド・セイヤーズ伯父の書斎に案内された。侍女のノックの後返事を待って入室すると、そこは応接間とはほど遠い、天井まで本と本棚で埋め尽くさた空間。図書室と書斎の間のような部屋だった。


 その中央の大きな書斎机の前に伯父様は座っていらしたので、私は自然と膝を突く。

 私は魔法省の制服を着ていたし、伯父もまた制服姿だった。私に魔法を教えた後、出勤するのかもしれない。



「ロレッタ、楽にしていい」

「いえ、このままで。私を養女に迎えて頂き、その上、今日は難しい相談事に乗って頂かなくてはならないのです。ですから――」



 魔法省の襟に付けられた階級の証である星の数は五。

 長官の次に多い。

 六芒星を五つ頂いた人。

 国王陛下に。



「伯父様が私を養女にして下さったことで、私は他者からぞんざいに扱われ難い存在になりました。伯父様のお陰です」



 そう言って頭を垂れる。



「ロレッタ。セイヤーズ当主というのは、本来弟であるユリシーズが継いでもおかしくない地位だった。ならば君は生まれながらのセイヤーズ令嬢だったに違いない。遠慮することはない。セイヤーズの名を必要な時に必要な場所で使うが良い」

「もったいないお言葉です」



 伯父様に会ったら、お礼を言おう言おうと思っていたのだが、膝を折る所までは決めていなかった。でも自然とそうなってしまった。威厳というか、他者にそうさせる強さが伯父様にはある。お父様と容姿はそっくりなのだが、纏う空気が雲泥の差。



 他者がひれ伏す存在。

 この人は、セイヤーズという大領地を治める為政者。

 そして魔導師としての頂点でもある大魔術師。

 水の魔力者の頂点なのだ。



「――伯父様、わたし、わたしくし」



 そこまで言ったところで言葉に詰まる。

 なんと言えば。

 この面倒事をどうこの人に伝えればいい?



 面倒事。

 余計な事。

 私がいなければ発生しなかった事。



 そんなものを、この本物の為政者に伝えるべきなのか?

 自分だけでなんとかするべき?

 私さえいなければ、こんなことには巻き込まれなかった。


 この大領主の伯父を巻き込んでしまう。


 王妃という、この国の最大の権力者の謀に。



 そう思うと言葉が――


 言葉が上手く出て来ない。 




 そんな思いに囚われ、言葉を発せずにいた私の肩に、伯父様の手が置かれ、はっとして上を向く。



 伯父様の透き通る蒼く深い瞳と目が合った時、視線が外せなくなった。

 動けない。何もかもこの伯父は、お見通しな気がする。

 大魔導師の前で、自分とは随分と小さな存在。




 ごめんなさい。

 忙しい伯父様の手を煩わせてしまって。

 養女にしたばっかりに、こんな面倒事。

 こんな――



「………ロレッタ。心配しなくていい。くだんの件は六課長から全て聞いた」

「え?」


 ルーシュ様?

 ルーシュ様が全て知っていらっしゃる?

 なぜ??


「ルーシュ様がですか?」

「そう」

「何故、知っていらっしゃったのでしょう?」

「ロレッタがしゃべったのではないのか?」

「しゃべってません」

「?」


 喋ってません? よね?


「人質を取られたのだろう?」

「はい」

「脅されているのだろ?」

「はい」

「婚約を迫られているのだろ」

「はい」

「全部ではないのか?」

「全部です」



 包み隠さず全部です。



「長く話をしただろ?」

「星を見ながら? 恋の話などですが……」

「ふーん。夜、星を見ながら恋の話を六課長としたと?」

「しました」

「恋人なのか?」

「違います。侍女と主人です」

「…………」



 伯父様は微妙な顔をされた。



「まあ、その辺は追々整理するとして、ロレッタは安心して侍女と魔法省のアルバイトに精を出していればよい。ただし身辺には気をつけよ。次回からは魔法省の訓練所で魔法を教える。六課長と出勤してくるように」

「………はい」

「それ以外はセイヤーズかエース邸に籠もっていればいい。出来るな?」

「はい。出来ます」



 双方広い邸宅なので問題ありません。



「………アリスターは元気か?」

「…………はい。今日の夕方、一緒に本を読む約束をしています」

「そうか」

「孤児院の副院長には会ったか?」



 副院長??

 院長ではなく??



 副院長は、院長に比べると大変影が薄く、私はいたのかいなかったのかすら分からなかった。

 他のシスターはいたが、副院長だったのだろうか……?

 ミモザの花が降り注ぐクロマルの森に行った時、シスターは二人いたけれど、でも。




「アリスターと君の関係は知っているな?」

「はい。従兄弟になります」

「そうだ。親族とはいかなことがあろうと硬く手を結ぶのがセイヤーズの掟。そうやって我が領地を守ってきた。君もまたセイヤーズの人間。その恩恵を受け、そして後進に返して行くと良い」

「はい。元よりとても可愛い子ですので。弟と思って接してゆきます」




 その言葉を聞いた伯父様は、優しく頷いた。


 そのお顔がまた父に良く似ていた。

 まるで同じ遺伝子を引き継いだ双子のよう。

 そんなふうに思いながら見ていた。





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