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第32話 箱庭の狂気Ⅵ






 カロンは七色あるのが普通だ。

 魔導師の色である、赤、黄、緑、黒、紫、白、青となる。色素は食用の花や海藻や野菜など、植物由来が殆どと言われてる。唐辛子由来のものも使うと言うが、辛くならないのが不思議といえば不思議。



「第五王子殿下、お茶とお菓子には口をつけないで下さい」



 私は彼の手を取って、自分の膝に置く。

 あからさまかもしれないし、不敬かもしれないが、食べるの無理。

 無理無理無理無理。



 王妃は瞳を細めて、私達の遣り取りを見ていた。



「疑っておいでなの?」


 そう言って、柔らかい声で聞いてくる。


 疑ってます。

 めちゃくちゃに。

 すっごく怪しいと思っています。

 だって、私を拉致するために頭部を出血させるほど思い切り殴った王妃ですよ?

 まあ、殴ったのは王妃本人ではないだろうが。

 それにしても――

 聖女だからって、容赦なく殴打したことは忘れられない。

 気を失わせなければ、治癒魔術を執行されて返り討ち、と思ったのかもしれないが………。


 確かに、意識さえ失わなければ水魔法で応戦できた。

 初動が勝負だったのかもしれないが、加減しなさすぎだ。

 一歩間違えれば死んでた。

 まあ、死んだら死んだで、その程度の聖女には用はないという、横暴さだったのかもしれないが。

 それにしても酷い。



「まさか、疑ってなどおりません。聖魔法を執行したばかりですので、少し体の様子を気を掛けたいと思ったまでです」

「聖魔法執行後でも様子をみる必要はないわ」

「聖女によって、少しずつ魔法は違いますから」



 ホホと笑いながらも、苦しい言い訳を採用してしまったと内心で後悔。



「では、第五王子には第二聖女の帰宅後、食べさせましょう」

「…………」

「食べさせて欲しくないのかしら?」

「食べさせて欲しくありません 」

「そう?」

「そうです」


 当たり前じゃないか。

 あんな怪しいお菓子は食べさせられない。


「鉱物、植物、動物、魚類、両生類。自分の身を守るために、その身に毒を蓄えるようになった生き物達の種類は豊富よね? あの植物は毒だから食べてはいけない。鳥も虫も動物も皆思う。森の中で一際綺麗な実をみつけたら、それは毒の実だといわれるゆえん。毒をその身に携えているから、捕食されない。安心して種を残し繁殖していける。それらの者のとっては、身を守る最大の武器が毒だった。武器は人によるわよね? 牙が武器だったり、爪が武器だったり、毒ってどうなのかしら? 毒と知らずに呷ったなら、その個体は結局残らない。残るのは別の個体。避けられるのは同種のもの。自分は既に死んだ後のことなの。切ないわね? 毒って道連れが前提の武器なのだもの」

「…………」



 毒の講釈?!



「王妃陛下は毒にとてもお詳しいのですね?」

「勿論よ? 聖女なのだもの、当たり前よ。特にわたくしの卒業研究は抗毒魔術。毒は多種多様に取りそろえたわ。毒の専門家と思ってくれてもよくてよ?」

「………そうですか」



 毒の研究者か………。

 王妃陛下は毒のスペシャリスト。

 確かに、王宮に嫁ぐには必要な、とても有益な魔術だと思う。


 毒を知らずに毒消しは作れない。

 解毒剤作りは聖女の必修分野でもある。

 しかし、聖女とは個々に得意分野を持っているもの。

 王妃は抗毒魔術。

 私は省エネ魔術。

 明らかに私の方が無害な雰囲気がプンプンする専門分野だと思うのは気のせいではない筈だ。



「王妃陛下は抗毒魔術の専門家ですか?」

「そうなるわ」



 色とりどりのお菓子。

 色とりどり――

 毒だって無色透明とはいかない。

 色がついているものなのだ。


 カロンは強い色味をしたお菓子なので、とても入れやすい。

 鉱物系のヒ素は無色透明なので、白カロンに入れる?



 そんな疑いをかけながら、お菓子を見ていたら、王妃陛下に食を勧められる。そこまで聞いてお召し上がりになれる人はいないだろう。もちろん私も聖女だから抗毒魔法は使える。勿論使えるのだが――全部じゃないだろ……という話。毒の種類より解毒剤は圧倒的に少ないのだ。解毒魔術も例外ではない。


 魔術として公式化されているメジャーなものは勿論知っている。これについては簡単だから? ではない。過去の魔導師達が血眼になって研究したからだ。それが伝わっているから。私が生まれる前の人が開発してくれた魔法式を聖女は全員習う。教科書に載っているし、何度も何度も暗記魔術の試験に出題されるから。しかしながら――そんなものは一部に過ぎない。


 異様に美しい珠珊瑚のオレンジ色の実。

 結構ふとした場所に生えているものだが、虫も鳥も食べない。

 綺麗な実が虫喰いにならないことに、僅かな違和感を感じるものなのだ。

 私達が口に入れる食べ物は、長い時を掛けて蓄積された経験によるもの。

 人はその経験を書物に寄って書き印すが、動物はどうやって判断しているのだろう?

 親から子なのか、一代限りの経験だけを頼りにしているのか。まあ、種族によるのだろうが………。



「ご遠慮申し上げます」


 丁重にお断りした。

 抗魔術を知らなかったらどうするつもり。

 私が死体になるよ?


「では、残りはすべて第五王子のおやつにいたしましょう」

「え?」



 王妃陛下はうっとりと瞳を細める。



「食べさせたくないのでしたかしら?」

「食べさせたくありません」




 バサリと羽扇子が開かれる。



「では、セイヤーズの養父に会ったらこう言うことを勧めするわ。『シルヴェスター王太子殿下をお慕いしております。どうかお父様、お父様のお力で娘を王太子妃にして下さいませ』と。わたくしの方でもセイヤーズから近々そういった話が上がってくるから承って欲しいと陛下にお伝えてしておくわ。シルヴェスターは原因が第一聖女にあったとはいえ離縁したばかり、婚約発表は来年の春、婚姻は来年の夏が華やかでいいかしら。有名なドレスデザイナーに発注しましょうね? 次のお茶会では採寸をするわ。そのつもりで準備していてね。もちろん王太子の婚姻ですもの国内外に知らせる。盛大にね。第五王子のことは心配しないで。あなたさえ約束を守ってくれるのなら、礼服はわたくしの方で用意する。素敵なものを誂えるわ」 


 え?


「簡単なことだもの。分かるわね? セイヤーズ家からそういった話が上がってくる頃には、お菓子も傷んでしまうものね。食べられないわ? もちろんシルヴェスターやエース侯爵令息にはお茶会の内容は秘密よ? そうでないと、侍女が間違えて第五王子の食後のデザートにカロンを添えてしてしまうかも? これだけ美しいカロンなのだし、侍女は食べ物を大切にするかも知れないわ?」


「そうでしょ?」 と言って王妃陛下は微笑まれる。



 私は彼女の美しい、真珠のような光沢を放つ口元を見ていた。

 蝶の鱗粉のようだと思った。

 毒をその身に携えた毒蝶。





お茶会中なので、3時に上げたいと突然思い立ち、15時投稿。

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