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第31話 箱庭の狂気Ⅴ





 国王妃陛下の羽扇が揺れている。

 白くてふわふわしていて、よいものなのだろうとぼんやりと見ていた。



 ここまで明確に力尽くでお茶会を催した訳だから、王妃陛下には譲れないものがあるわけだ。それが先程から再三会話に上がっている、大聖女と私の類似点。それがこのお茶会の焦点だというのなら――



「……わたくしは第二王子殿下に婚約破棄された玼物の貧乏伯爵令嬢です。大聖女様と配色が同じかも知れませんが、中身は天と地ほどの差があると思われます?」



 オホホホと私も負けじと社交界笑いをものにする。

 羽扇が切実に欲しい。

 次回があるのなら、思い切って城下で探してみよう。

 水色がいいかな……。私っぽい色で。



「中身など追々鍛えれば良いだけのこと。セイヤーズの養女になったと聞いています。後ろ盾としても申し分ない。わたくしは本来のものを本来の場所に返すだけ。聖女級判定に不正がなければ、聖女ロレッタ。あなたが第一聖女でした」

「……………」



 王妃陛下は第一聖女としての務めを果たせ、王宮に上がれと言っている。

 徹頭徹尾その話しかしていない。


 けれど――


 私はエース家の侍女でいたい。

 貴族や王族の思惑や私利私欲の為の道具になりたくない。

 それは不幸を招く。

 第二王子殿下に婚約破棄されてよく分かった。

 あの強引な婚約は誰も幸せにしなかった。

 私も第二王子殿下も。


 だから――


 今度こそ私は、自分の意志で歩いて行きたい。

 それが私の今の希望。



「王太子殿下と次期の第一聖女の婚約も検討するべきではないでしょうか?」

「それは既に検討済み」

「では――」

「第二聖女ほどの聖女は今のところいないと言われているの。歳の違いは譲歩したとしても、聖女の力は譲歩出来ないわ」

「…………」

「あなたは事実上の第一聖女でありながら、王太子を支えないというのかしら? この広い王宮は何があるか分からない。毒を盛られるなど日常茶飯事。遅効性の毒、刺殺、絞殺、撲殺、惨殺、どんなに気を付けていて漏れる時は漏れる。常に命を狙われる立場。シルヴェスターはこの国に必要な人物。何故なら雷の魔導師の戴冠は建国王の意志と言われている。雷の王が何度でも世を立て直すから、アクランド王国は繋がって行く。王家ではそう伝えられている。それを死守するのは王族のアクランド王家の務め。あなただって王太子にもしものことがあり、第二王子がこの国を継いでもよいと思っていて?」



 …………。

 私は唇を噛む。

 第二王子殿下が国を継ぐなんて考えられない。

 王族籍は外されたと言っても、第三第四第五王子に何かあれば呼び戻されるかもしれない。それでも魔導師ではないから、国王にはなれないが、血統から言えば、彼の子供は魔導師でありさえすれば国王になれるのだ。そして彼の子は二分の一の確率で魔導師が生まれる。


 二分の一は高い。母親違いで十人も産めば確実ではないが高確率で出そうな数字ではないか?

 そうしたら、あの驕慢な、自分のことしか考えていない人が幼い国王の摂政になる。

 それは――

 アクランド王国の未来に陰りが………。


 六大侯爵家が彼に従うだろうか?

 アクランド王国において七賢者の末裔である六大侯爵家というのは、建国時の経緯から考えても、所謂普通の貴族ではないのだ。大貴族。そもそも七大賢者は仲間なのだから。

 仲間がそれぞれ七つの国を治めていると言ったら、言い過ぎかもしれないが、それぞれの領地は小国並の大きさを保持してる。伯爵、子爵、男爵とは訳が違う。


 国が――

 国が七つに割れてしまったら。

 隣国はそんな国を放っておくだろうか?

 豊かな土地だ。

 誰も彼もが欲しがる土地。



「英明なるアクランド現国王がそのような選択肢を許す筈がありません」



 王の器でないものが、王になるなど、あってはいけない。

 沢山の人が亡くなるかもしれない。



「現国王一人に背負わせるの? 支える人間は必要よ? 国王はあなたの輿入れを望んでいます。そして王妃であるわたくしも」



 ゆっくりと羽扇が仰がれる。

 私はその揺れを眺めることしか出来ない。



「第一聖女として務めを果たすのです」




 ――――言葉が………。

 出ない。



 私が押し黙ってしまったのをみて、王妃は傍らの第五王子に視線を注ぐ。



「第五王子、お茶に口をつけなさい」



 王妃の矛先が第五王子に向く。

 お茶はとっくに冷めてしまっていたが、逆に子供には飲みやすい温度なのかもしれない。


 そうは思いながらも胸騒ぎがして、私は第五王子の手元から視線を外せなくなる。


 あの王妃が――

 私をお茶の席に呼び出すだけのことに、あれほどの策を弄した王妃が、このタイミングで第五王子にお茶を飲ませる? そして今の今まで彼は子供なのにお茶にもお茶菓子にも口をつけていなかった。どうして? 私も口をつけてはいなかったが、それはそんな空気ではなかっただけで、喉は渇いていた。


 王妃の用意したお茶会は、流石は身分のトップにいるであろうことが容易に想像がつく贅をこらしたもので、ここが塔の部屋でなければ、それはそれは豪勢なお茶会だったとつくづく思う。



 ケーキスタンドにはカロンという伝統菓子が並んでいる。

 アクランド王国七賢者の色を模したお菓子で、貴族のお茶会には必ず出ると言われている。色がきらきらと綺麗で、中にはクリームがサンドされている。そのクリームはカスタードだったりチョコだったり、フルーツクリームだったり、その時々で違うのだが。 


 美味しそう。

 王宮の専属職人作ったお菓子。

 でもそれは、一度は王妃の手に渡ったお菓子で。

 正直、私は王妃を信用していない。

 子供を馬車の前に突き飛ばすように指示したであろう人を、私は信用できない。

 信用できない人が出した、信用の出来ないお茶菓子。



 なぜこのタイミングで第五王子にお茶を勧めた?

 



 それは――



「ちょっと待って」



 私は第五王子にそんな声を掛けていた。






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