【030】『三人の目元には隈が出来ました』
ルーシュ様とシリル様が量産化の目処や材料についての検討を始めたのを見て、私はそっと二人から距離を取った。魔法研究代と称して、エース家から魔道具関係の購入費用を頂いていた。それが学校の研究費とは桁違い、潤沢で良い魔法石が購入出来るのだ。
私は魔法石が入った小箱を開ける。この箱を開ける時、いつも胸がドキドキする。中は色取り取りの宝石が入っていて、宝物というか、貴重な石達が色々な表情を見せてくれる。鉱物の世界。魅了される人が多いのも分かる。全て小さなものだったが、私の引く魔法回路はシンプルなものが多いので、この石の大きさで充分だった。
今、その一つである琥珀色の魔石を取り出す。とても綺麗な透き通った茶色をしている。そういえば、琥珀は私のかつての婚約者の瞳の色。少ないお金を握りしめて行った宝飾店で一番小さなアンバーを買った時のことを思い出した。苦すぎる思い出。いつかこの胸の痛みも消える日が来るのかな? そう思いながら、小さなアンバーに魔力を込める。
先程思い付いた魔法回路があって魔石に移し込んでみたいと思っていたのだ。作るのは小さなアクセサリー。銀色のビーズに魔法回路を描いた宝石を埋め込む。即興であったが、上手くいったと思う。定着の明滅を繰り返して、魔石が安定する。実は昨日からずっとこの魔法回路をイメージしていたのだ。今まで作った水関係とは違うのだが、昨日、シリル様の眼鏡を見ていて思い付いた。
魔石の発光に驚いた二人は、こちらを凝視している。
魔道具の作り方は、まず現物、如雨露なら如雨露の現物を用意して、そこに自分が彫った魔石を埋め込み定着させる。この魔石に魔法式を彫り、道具に定着させるのが魔道具師の仕事になる。彫られている魔法式とは如雨露であれば水を決まった質量だけ顕現させる式になる。
水を顕現させる為には、水系の力を持った魔法石が必要で大概は色に準ずる。アクアマリンの魔法石なら水、サファイアも水等。天然の鉱石に魔力が含まれているものを魔法石と呼ぶ。領地に鉱山があれば、領地は相当潤うのではないかという金額で売買される。
「ルーシュ、少し目を離したうちに、何か大変な事が起こっているぞ」
「ああ、魔法石が定着した光だ」
「かの女史は僕らが永久如雨露の魔法式解析に苦労している横で、新たな魔法式を構築したという事になるだろうか……」
「考えたくはないが、その可能性が一番高いと思う」
「小さなアクセサリーのようなものに魔石を埋め込んでいたぞ」
「確かに。そこはしっかり凝視した」
「……紅茶を飲んでいなくて良かったな」
「ああ、飲んでいたら、俺たちは魔道具の定着魔法と水魔法の同時展開を見ることになり、気を失っていたかもしれない」
「恐ろしい事を言うなよ、ルーシュ」
「別に俺も言いたいわけじゃないのだが……」
「………同時展開は古今東西の天才魔導師しか使えないと言われている伝説だぞ」
「そうだな。伝説レベルだな。だが氷というのはつまるところ……」
「皆まで言うな」
「………」
ルーシュ様もシリル様も、何故か何度も深呼吸を繰り返している。
「ロレッタ」
「はい」
「何をしていたか聞いて良いか?」
「はい」
私はおずおず手元の銀色のビーズを二人の前に出す。小さなヘアビーズだ。髪を一房取りそこにリングのように取り付けるアクセサリー。これならばとてもシンプルで男性でも髪の一部に着けても違和感がない。
「これは?」
「髪に着ける、アクセサリーです」
「着けるとどうなる」
「……あの、えっと、それは」
私はシリル様に何度か視線を移す。
「シリルがどうしたのだ」
「シリル様がお喜びになるのでは? と思って作った物だったのですが、よくよく考えると失礼だったのではないかと……」
「シリルに失礼なのは気にしなくて良い」
「……ですが。ルーシュ様の親類に失礼があっては……」
「僕宛に作ってくれたの?」
「……はい」
「髪飾りを?」
「……………はい」
「どんな効果が………」
「……あの、なんて言えば良いのか分かりませんが、その眼鏡とセットでご使用になると、良いのではないかと」
「……眼鏡と」
シリル様はおもむろに髪飾りを手に取る。そして髪の一房にお着けになったのだ。閃く金色の髪が、亜麻色に変わって行く。ああ、大成功! そんな風に思った私の側で一人の男性の顔から眼鏡が落ち、もう一人の男性は驚きの後、楽しそうに笑っていた。彼の瞳の色は想像した色でした。








