【003】『聖女であること(プライドはボロボロ)』
ココ・ミドルトン彼女は聖女ではない。聖魔法が使えない。そこは――
「殿下、ココ・ミドルトン男爵令嬢は聖女ではありませんが、どうなさるおつもりですか?」
そうだよね? ココ・ミドルトンは聖女じゃないもの。私は婚約破棄されたりしない。もう自分で自分を勇気づけるしかない。顔ではボロ負け。スタイルもボロ負け。私は伯爵家なので身分は辛うじて勝ってはいるが、貧乏伯爵家である。いわゆる名前だけでその実没落寸前だ。
「フン、楯突くとは生意気な。真実の愛の前では聖女か聖女ではないかなど些末な事。ココは気立てが良く愛らしい。それだけでお釣りがくるわ!」
嘘! それだけでお釣りが来るの!? 私は盛大に突っ込んだ。ちょっと体が震える。聖女はそんなにお安い? 聖魔法使いだよ? 回復とか出来るんだよ?
(気立て+愛らしい)-(聖女)=お釣り。となると言われたのだ。
どういう計算? 気立てで怪我が治る? 愛らしさで病気は回復する?
気立てとは、良く気が付き他人を思いやれる性格ということだろうが、私が貰ったお手紙便箋十枚は、もちろん私を思いやった内容のものではなかった。
どちらかというとココ・ミドルトン本人を思いやった内容だったように思う。
『気立て』という言葉は、テストでは計りにくい。つまりは所謂、人によって評価基準が違う不平等な世界の主観から算出される評価だ。
そして『愛らしい』。確かに愛らしいは男の人に取って重要だと思うが、ココ・ミドルトンは私に取っては決して愛らしい存在ではない。自分の婚約者と通じた人だ。愛らしい訳がない。万人に通ずる評価じゃない。女性だから、特定の男性から評価を受ければ良い事かも知れないが、猫のような純粋な愛らしさとは違うのでは? と思ってしまう。
そもそも王子殿下自身の口からそのような言葉が紡がれるのならば『気立てが良く 愛らしい』者が王子妃の条件。としておいてくれれば良いじゃないか? そうすれば、あんなに辛い王子妃教育なんて受けずに、聖女の教育に専念出来たのだ。聖魔法を発現したものに、選択肢はない。聖女科に入学して王子妃になるしか道が用意されていないのだ。思えばそれも随分極端な話になるが。
聖魔法が発現しても、コースは自由です。魔法科でも教養科でも聖女科でも選んで下さい、と言われたならば、もしかして魔法科か教養科を選んだかもしれない。
けど多分、そういう世界ではないのだ。魔法は国の礎。アクランド王国の誇りのようなもので、そしてそういう精神的なもの以外にかなりの実質的な国力を担っているのだ。魔法科卒業者の囲い込みは凄い。そして六侯爵家は実質他貴族とは扱いが違う。
私が今まで、自分の時間の多くを費やしてきた、聖魔法を『お釣りがくる』とはどういった了見なのだろう? この国の一端を背負う第二王子殿下が言う言葉なのだろうか? 国を思い、苦手な構築式を手放さずに勉強し抜いた者に、一国の王子がする行為だろうか?
「そもそも王家には第一聖女妃殿下があらせられる。聖力の低いお前なんかいらんわ。フン」
第二王子殿下の口から出た言葉に開いた口が塞がらなかった……。
聖力の低いお前なんかって………。あなたよりは高いです。
一応五人中二番目だ。そんなにすこぶる低い数字?? という訳でもない気がする。
もちろん、第一聖女様よりは低い。けど、そこ馬鹿にする……?
確かに王太子殿下の妃は第一聖女様だ。普通に私の先輩ですけども。
つまり、義理姉が聖女だから、私はお役御免ということ?
じゃあ何故、第二王子殿下も他の殿下方も聖女と結婚する慣わしなんですか!?
国の決まりの方に待ったを言いたい! というか言って欲しい!
聖女には序列が存在する。聖力の強さ、聖力の多さ、その他特筆すべき力。等が考慮され序列が決まる。そして王太子殿下がその時期の序列一位の聖女と結婚する決まりだ。王妃陛下も当時の序列一位の聖女になる。その上で聖女と王子の年齢等を鑑みて婚約が決定される。
そう。全ては政略結婚であり、聖女はもちろん、王子の意志すらそこには介入しない。つまり、敢えて言うなら国の意志。
「国王陛下がお許しになるとは思えません」
私はアクランド王国最高権力者の名を口にした。
国の意志。多分、建国王の意志なのだろう。その意志を引き継いでいるのは現国王陛下の筈だ。
「国王陛下はお前の父ではなく我が父上だぞ。誰の味方かは火を見るより明らか」
「………」
それはもちろん国王陛下は第二王子殿下のお父様だ。けれど父である前に一国の王であるはず。
だよね? 合ってるよね?
しかし、国王陛下はこの卒業記念パーティーに参列していらっしゃらない。
王太子殿下も。
つまりは、第二王子殿下よりも身分の上の者がこの場にいない。
終わった。私の最後の切り札すら塵と消えた。婚約は国の命だから、国が味方になってくれなければ、味方はいない。
第二王子殿下の目を見るのが怖かった。だからだろう、私は涙目になりながら彼の隣に立つココ・ミドルトンを見るくらいしか出来なかった。
「おお見苦しい。振られた女に睨まれてしまいました」
ココが縋るように第二王子殿下に助けを求めると、王子殿下が私をまるで汚物を見るような顔をして睨む。
ゴミから汚物へ格下げです。もう下がるとこありませんよね?
「出て行け! そして二度とその顔を見せるな」
私は耐えていた涙が目尻に伝うのが分かった。これ以上この場にはいられない。せめて早いところ消えてしまいたい。
私は目頭を押さえながら、顔を隠すように下を向いて駆け出した。