第25話 魔法省へ。
なにか………。
エース家の執事ナンバースリーのフィルさんに、残念な子扱いをされて、あれよあれよという間に準備が整えられ、報告書と皆様のお昼御飯を片手に、馬車に詰め込まれ魔法省を目指している。
魔法省というのは、王城の一角にある。
一角にあるにはあるのだが……。
私は無事にたどり着けるのかな?
一人で行くのは少し無謀ではないのかな?
謎の筒を手に持たされながら溜息を吐く。
うーん。
この筒にはカロンという焼き菓子のレシピが書かれていた。
カロンのレシピって………。
執事のフィルさんに、これをフェイクのために持って行けと言われたのだが……。
そんなっ――
という話だ。
報告書の代わりというのなら、もう少し報告書っぽくして欲しいじゃないか……。
なんだレシピって。
しかもカロンってめちゃくちゃ有名なお菓子なんだけど。
せめて新種のお菓子とかさ?
それもどうかと思うけどさ?
報告書っぽい内容にしないとフェイクにならなくない?
検閲があったらどうしてくれるんだ。一瞬で終わるわ。
そう思うと違う意味で手が震えた。
しかも手ぶらで行くのもさすがに……ということになり、燻製されたハムやら野菜やらが入っている美味しそうなライ麦のパンも持たされた。これはこれで普通に美味しそうではある。ちなみに五人前持たされた。内訳はどういう感じなのだろう? 適当に? という訳ではあるまい。
やはりエース家の執事に持たされたことを思うと、エース長官とルーシュ六課長は固い。そして昨夜泊まっていったシリル様。あと二人は? 私とセイヤーズ次官、つまり伯父様かしら? そうだったら嬉しいな? だってフレッシュミルクから作ったチーズが入っているのだ。出来たてのクリームチーズって蕩けるよね? 侍女の分とかあるかな? と思うが、普通はないが準官吏ならワンチャンありでは?
ありに賭けよう。
その方が良い夢が見られる。
訳を聞いてアリスターが作ってくれたのだ。
それもあって是が非でも食べたいよね?
しかも同じクリームチーズを挟んだクラッカーまで用意してくれた。
アリスターって、手際が良くて、なにかと面倒見が良いというか。
エース家の使用人達にも可愛がられていた。
よかったよかった。
確かに闇の魔導師とは思えないほど、気さくなんだよね。
その上お菓子作りが趣味。
…………。
大人になったら、女の子達が放っておかないんじゃない?
もてるんじゃない?
私はアリスターの十年後を想像して、ほんのり頬が赤くなる。
可愛いものが格好良くなってゆく様もよきですよね。
私もシリル様やミリアリア叔母様のように趣味? などを持ってみたらどうだろうか?
生活に張り合いがでるのではないだろうか?
可愛いものを愛でるとかどうだろうか?
アリスターとかミシェルとかクロマルとか?
そういうなにか一定のカテゴライズされた尊きもの達を見守る的な?
そういう趣味を持つというか………。
そんな淡い空想の世界を漂っていると、大きな音と共に馬車が緊急停車した。
私はガクンと前のめりになり、窓の桟の所に思い切り額を打ち付けた。
痛いっ。
痛いけど、何か事故?
外がバタバタしている。
私は窓から顔を出し、状況を窺う。
「御嬢様、申し訳ありません。馬車の前に子供が飛び出して来まして………」
私は元王子妃だったことも、セイヤーズ大侯爵の養女であることも元伯爵令嬢であることも綺麗に彼方に放り出して、魔法省準官吏として馬車から飛び降りた。飛び降りてか今はエース家の侍女仕様だったと思い出したが手遅れというか、そもそも仕様に拘っている時ではない。ステップはなかったがステップがないのは四度目なので慣れた。うん。リフレッシュではなく古代魔法のレイニングが発動した時も思えばステップはなかった。しかし、あれは降りたのではなく転がり落ちたとも言うべき不測の事態だったか……。
少年の体は馬車馬に少し掠っただけのようで、傍らに座り込んでいた。
大丈夫かな? 腕を押さえている。馬に蹴られたわけではなく、転んだ拍子に地面に打ち付けた?
「大丈夫?」
私は少年の傍らに駆け寄ると、彼を覗き込む。
そんな私に少年は自身の顔を隠すように蹲った。
え?
どうして顔を隠すの?
その様子に若干不自然なものを感じたが、私は彼が腕やその他の部分の治療を優先させるべきだと思い直し、自分の魔力操作に集中する。
私の髪と制服がブワリと巻き上がる。
自己治癒が働く前に治すのが一番綺麗に治る。
小さな擦過傷を治しながら、体の状態異常確認をする。
一番大きな怪我。
左肘の骨折。
二つに折れるような骨折でななく、少し欠けるような骨折。
骨を綺麗に繋ぐとなると、少し時間が掛かかるかな?
私は聖魔法の集中状態に入った。
骨が複数に砕けてないといいのだが……。
骨折とは、よくある怪我なのだが、意外に後々の人生に響く大怪我になる。
体の軸を作っている根本的な所だけに、ずれると神経を圧迫したりする。
特に厄介なのは関節。関節は駆動部分だけあって、脆くて複雑で精巧という。
しかも子供の成長しきっていない体の関節って、骨の成長を見越してつけることが重要で、手首から二本に分かっている骨を元のように繋ぐ為には、折れてしまった骨の欠片を一つでも逃す訳にはいかない。
私は治癒魔法の執行魔法陣の組み立てに入りながら、この馬車に飛び出して来たという七つくらいの少年を初めてまじまじと確認した。
――そして
この子が、庶民の子ではないことに今更ながらに気が付いたのだ。








