第21話 報告書と冷蔵ボックスと秘密の境界線。
「ロレッタは冷蔵ボックスをエース家へ売ろうとしている?」
温度を上げたスープを掬っていると、ルーシュ様に冷蔵ボックスの話を振られる。
アレ? ルーシュ様が微妙な感じで商売人の顔になった?
少しだけポーカーフェイスを感じる。
「いえ、売ろうとしているといいますか、美味しいパイが食べたいといいますか、試してみて、私達三人で試食してみたいといいますか、お互いに得るものがあるのならいいな? と言いますか全部です」
「全部か?」
「はい。もれなく全部」
「それは追々考えておく。ロレッタが商売相手なら楽そうだが、相手は魔法省次官であるローランド・セイヤーズだからな……際どそうだ」
………楽とか(笑)
まあ、商売相手としてはセイヤーズの伯父様の方が何倍もハードそうではありますが……。
私、ちょろい?
「商会が絡んでくるからな……。後日詰めるとして今日はシトリー領への出張の件を処理しておく。どこまで報告し何処までを噤むかを一応三人で共有する」
その言葉を封切りに、私達はがっつり魔法省官吏としての打ち合わせに入った。やはり報告書自体はシリル様がまとめるようだ。それは一番下の私がまとめるのが、忙しいお二人に取って、時短になるかと思ったのだが、ミリアリア・セイヤーズの報告とアシュリ・エルズバーグの報告は馬鹿正直に書いたら困るということなのだろう。
つまり、もっと言うと、シリル様が書けば誰も突っ込めないブラックボックス化が容易という?
これこそ身分がものをいう? 王太子という位って最強かっ。
時の魔術師であり、エルズバーグの血統継承者であるアシュリ・エルズバーグは発見され、シトリー領で魔法省とも連絡を取り合いつつ、基本領政に従事し、以後勝手な消失は認めない。妻であるミリアリア・セイヤーズとシトリー領のトップであるユリシーズ・シトリーが保証人となる。というような流れで纏めるようだ。
以前だって別に勝手に消失したわけではないのだが………。
これは所謂白い嘘というジャンルの手法。
嘘じゃないけど、ピックアップする箇所によって読んだ印象が変わる操作。
黒が白にはならないけれど。
黒はグレーに近付く。
簡単にいえば境界線化。
悪い事にも使われることは多いが、今回は全員がある程度幸せでいられる落とし所探しのようなもので、悪意ではなく善意のグレーラインだ。
使う人によって、使い方は違う。
もの凄い分かりやすくいうと、聖女等級判定不正にまつわる色々。
色々色々あるわけだけど、そんなことを言っていたら、禁を犯したミリアリア・セイヤーズや黒いポーションを作る事に加担したと予測されるアシュリ・エルズバーグは身柄を拘束されてしまう。
それじゃ、光の可逆ポーションはいつまでも完成しないし、叔母様は不幸になるし、そもそも根っこは王妃の奸計な訳で、そこまでどう考えてもほじくり返す訳にはいかないのだろうし。なんせ王妃だよ? 手を出したら返り討ちに合うわ、ということなのだろう。
あの黒いポーションは傍目からみれば、当然神官長が用意したものな訳で……。
そういう事にして切るということだ。
残念ながら彼は死んでしまった。
もう生き返ることはない。
そして彼が最後に望んでいたこと。
それは、第五聖女の容態。
彼女の目が再び見えるようになること。
それが一番優先なのだと思う。
弔いも兼ねて、私がアシュリ・エルズバーグという人と一緒に開発する。
時の止まった空間で何度も何度も何度も。数え切れないくらい時の魔術師の介入が欲しいと思っていたのだ。死んでしまった細胞は蘇らないが、健康な細胞を増殖させることは出来る筈なのだ。
時を促進させれば。もしくはそれ以外でも。
ソフィリアの街で相対した、アシュリ・エルズバーグ。
あの人は頭の良い人だ。
多分群を抜いて。
元々闇の魔術師というのは初代から頭脳派なのだが、その中でもレベルが段違い。
当たり前と言えば辺り前だが、彼は私達より数万年長く生きているのだ。その知識は桁外れ。人一人が到達できない場所まで到達している現存する唯一の人間。今世の賢者と言える。
報告書の収まり処を共有すると、私達はデザートを食べながら、ソフィリアの街で起きたことを一つ一つ反芻していく。
お茶を飲む頃には、日付が変わっていた。
一分前が昨日に変わって、一分前の明日が今日に変わる。
離れはもう数人の使用人を残して、寝静まっている。
私は全ての食器にリフレッシュを掛けた。
リフレッシュを掛けながら、聖女はメイドの仕事をしたら結構いけるんじゃないか?
などと思いを巡らしていた。
だって。下働きのメイドのお仕事。
掃除、台所周り、洗濯と。
リフレッシュの出番は多い。
流しの聖女ではなく、流しのメイドはどうだろうか?
需要が高そうではないか?
私の流し項目は、
聖女
薬師
医術師
メイド
と増えていった。
これに御者とかも増える予定だ。
あと錬金術師。
どんどん増えていったら、流しとして最強なのではないかと考える。
増えれば増えるほど仕事には困らなくなる。
そんなことをつらつら考えていた。
変な時間に馬車の中で爆睡したので、ちょっと眠くなりません。
書籍化作業が一段落しましたので、少し連載ペースを上げます!
六月いっぱいで4章の目処をつけたいですね!








