【029】『ティーカップは割れ、お客様は呆然』
ポットの中身を替えようとして、視線を切ったのが敗因だろうか……。
しかし、客人の手前、ティーカップに意識を注ぐのも侍女としては三流だ。
私は素早く頭の中で切り替える。ティーカップは物だ。物の価値は人より低い。当たり前ではないか。
「シリル様、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
私は彼の手元を確認する。すると彼は感動したようにこちらを見る。
「ルーシュ、見たかい。彼女はティーカップではなく僕を心配してくれたよ?」
「……良かったな。ティーカップ代は追って請求しとく」
「もちろん、良い物を贈らせて貰うよ。しかしだなーー」
「なんだ?」
「空耳かも知れないが、凄い言葉が聞こえたので、一瞬意識が飛びそうになってね」
「飛ばなくて結構だったな」
「……いや…魔道具がどうとか、君が作ったのがどうのこうのと」
「ちゃんと聞こえているじゃないか?」
「もちろん聞こえたさ。聞こえたから故の現実逃避だろう」
「逃避してないで、戻って来い」
「彼女の優しさで戻ってきたよ。素晴らしい侍女だな」
「もっと褒めてくれて良いぞ」
「いや……あまりにも華麗な魔法展開で、一瞬魔法式が読み込めなかった」
「まあ、速いからな」
「……速いってレベルか? 紅茶の落下速度より、魔法式の構築が速いってのは……最早……」
「まあ、学習レベルではなく実践レベルに到達している」
「……魔法の命は展開の速さだ。実戦で長い詠唱なんてしていたら、ものの役には立たないからな。剣士よりも速く詠唱出来なくてはいけない。それが魔法師団のトップ。だが実際の所、彼らは騎士団と連携しながら戦う。剣よりも速いというのはあくまで理想で、水の落下速度よりも速いというのは……」
そこまで話すと二人は黙り込んでしまった。
「何故? エース家の侍女?」
「それは俺もたまに思うが……。ものの成り行きというものだろう」
ルーシュ様とシリル様は二人とも頷き合うと溜息を吐いた。
「ところで書類は揃ったのか?」
「ああ。綺麗に揃えといた。当日は伯爵、男爵も呼んである」
「ほう」
「あと、寝室に水差しはいらないからな」
「……泊まって行くのか?」
「当たり前だろう。この日を楽しみにしていたんだ」
「ふーん。お前にロレッタは付けないぞ」
「いや、これは命令だ。泊まりの日は僕付きにするように」
「命令なら公式にどうぞ」
「……公式にこんな事が言えるか」
「ロレッタ」
「はい」
「シリルは結婚二年目だ。既婚者だから覚えておくように」
「!?」
眼鏡の来訪者は絶句した。言わなくて良いだろうと。わざわざ言うなよとブツブツブツブツ小さな声で言っている。内緒だったのでしょうか?
その後、三人で永久如雨露の回路について話し合った。結構白熱してしまい、気が付くと夜中だったのには驚いた。この人たち、相当の魔法精通者というかオタク? というか不敬ながら同族ではないかと思う。永久水差しの出番がありませんでしたね。








