第12話 魔術師の晩餐8
「どうして僕の前でイチャイチャするの?」
私とルーシュ様が『心の繋がり』について論議していると、シリル様がボソリと呟く。
え? イチャイチャ?
私とルーシュ様が??
イチャイチャ???
どちらかというと話の内容は、ルーシュ様とシリル様の濃密な関係についての談義だったように思うのですが? つまりはイチャイチャと呼ぶのならどちらかというと――
「シリル様、安心して下さい。私とルーシュ様は雇用者と非雇用者と言いますか……。つまりいちゃいちゃが推奨されない関係性ですからね? 私達にはイチャイチャは存在いたしません。イチャイチャというのは友情の中に仄かに芽生え出す感情ですから」
「イチャイチャは友情じゃなく恋人相手に芽生えるものではないの?」
「もちろん恋人との間にイチャイチャは一番メジャーですよ? 恋人は四六時中イチャイチャするものだと思いますっ。でも! 恋人未満だけれども、親友でみたいな場所に芽生える無意識のイチャイチャほど素敵なものはないではないですか」
「え……――」
「無自覚イチャイチャです!」
「それがロレッタの価値観? つまり恋は友情からみたいな?」
「価値観と言いますか。経験です」
「経験っ。ロレッタは経験があるの?」
「経験があるといいますか、私はずっと元第二王子殿下の正式な婚約者だったではないですか? つまり言葉を変えれば恋人といえなくもない関係でした。これがまた冷え切っていたと言いますか……温かい期間皆無でしたので、冷え切った関係というのも適語ではないかも知れませんが、他人から知り合いへ、知り合いから友達へ、友達から恋人へという段階をすっ飛ばして、いきなり他人から恋人となりましたので、どうも性急だったのかな? と。想像ですと私と元第二王子殿下の場合はですね、他人→知人×。というような感じで気の合う友人にはならなかったと思います。なんせ………私は嫌われていたのですよ」
最後は語尾が小さくなってしまった。
分かっていることでも、自分が嫌われているって、音に出して耳で聞くのは怖いものだなと思った。耳が拒否反応を示すというか……。
シリル様はそれを目敏く感じたのか、私の頭をよしよしと撫でる。
「僕もバーランドには嫌われていたから安心して、仲間だよ? ちなみに僕の方もバーランドを好ましくは思っていなかった。敵愾心を向けて来たのはあちらが先。君と一緒。嫌ってくる人間を好意的に見るなんて博愛精神は持ち合わせていない。嫌ってくる人間には無関心でいるが、僕の大切なものへ攻撃を仕掛けたら話は別」
「別?」
「そう別。無関心から敵へと格上げされる」
「王太子殿下に敵認定ですか?」
「そう。金も権力も魔法もあるからね。その上、人の追い落とし方は玄人と自負している」
人の追い落とし方が玄人……。
今期十九歳の王太子殿下が玄人だというのであれば、それだけ幼少期より第二王子殿下紛いの攻撃者が周りにいたということになる。
「王太子が綺麗じゃなくてがっかりした?」
シリル様にそう聞かれて私は首を振る。
「尊敬しました」
この王宮で王太子でいるということ。
生まれ落ちたその日から彼は王太子なのだ。
権謀術数渦巻く王宮で、今の今まで――
「我が国の王太子殿下が、悪意ある人に追い落とされなくて良かったです。私は無力で綺麗な王太子殿下を敬愛している訳ではありません。平和な御代を築く信念をお持ちの次期国王陛下に敬意を持っているのです。もしシリル様が追い落とされて、元第二王子殿下の御世が来たらどうしますか? それは全ての国民の不幸の始まりです。綺麗でいることに拘る必要はありません。私はそう思います」
本気で思っているのだ。
心から。
私を助けてくれたシリル様。
私もまた永遠に彼の味方でありたい。
そう思う。
「聖女としての私が必要な時はいつでも言って下さいね。いの一番に駆け付けます」
ルーシュ様がエース侯爵家として王太子殿下を支えているのなら、私もその柱の一本になりたい。細くて弱い柱かもしれないけれど。聖女として彼を支える柱に――








