第1話 エピローグ01
いつもお読みいただきありがとうございます。
三章完結から十日が経ちました。
エピローグをと思いましたが、書き始めたら長そうなので章分けしました。
数話はエピローグ的な内容が続くのではないかと思います。
目の前にはセイヤーズ侯爵家の馬車が止まっていて、私は父であるシトリー伯爵に抱き寄せられる。
「お父様?」
「王都にお帰り」
「シトリー領には行かずにですか?」
「そう。兄上にお願いしておいたから、水魔法を真剣に習いなさい」
「…………伯父様に」
「そう」
「お父様にではなく?」
父は氷の魔導師ではあるが、もちろん水の魔導師でもある。
それに……。
ぶっちゃけ、魔法省次官の伯父様より父の方が明らかに時間の融通が利きそうな気がしなくもない。
父は私の内心を見透かしたように笑った。
「この父に魔法を手ほどきをしたのは他でも無い兄上だ。今期水魔法の最上の使い手だよ? 教師としても魔導師としてもこの国で一番優れているのは兄上だ」
凄い自信満々に言い放つ。
伯父様のことを語る時、父はこんなに誇らしそうにするんだと、私は父の顔をまじまじと見る。
「仲、とてもよろしいのですね?」
「当然。兄は強いだけじゃなく、人に素で優しく出来る資質を持って生まれた人。兄弟に生まれたことに感謝している」
「……最近はお説教が多いと言ってませんでしたか」
父は少し笑う。
「それもそうだね。じゃれ合いの一つみたいなものだけど。まあ、お説教もそろそろ終わるよ。領政については諦めたみたいだしね」
「……伯父様から諦められたんですか?」
「そうそう。『色々言ってきたけど、本人の適性もいまいちだし、もういいか?』 みたいな」
「……残念ですね」
「全然。これで毎日好きな魔法研究だけをしていられる。十七年もよく頑張ったよ」
え……ー。
よく頑張ったって自分で言う?
しかも貧乏領地のままなんですけど。
「もちろん、研究を通してシトリー領は支援するよ」
支援って。
あなたまだシトリー伯爵ですよ?
最高責任者。
支援て……。
他人事みたいに……。
大丈夫?
「アシュリに酷いこと言われた?」
「…………」
私は何と返事をしてよいのか迷う。
躊躇していたら、父に頭を撫でられた。
「アシュリはキツいよね? 言葉がさ」
「…………」
「でも君を憎んでの事じゃないから、許しておあげ」
私は小さく頷いた。
そもそも私の甘さを是正させる言葉なのだろうと思う。
言い方?! とは思うが人それぞれな部分だし。
彼は彼なりの目的があった。
多分……私に自分の実力不足を認識させる為。
「ロレッタは聖女だからさ」
確かに聖女ですけども?
「戦いにおいての常道。回復役から潰せってね」
「………」
「どんな戦いにおいても、回復役がいると気付かれたら、そこを狙い撃ちにしてくる。当たり前なんだけど、回復役がいたら永遠に戦いが終わらないからね。補給線を切るのと同じ。聖女はいの一番に狙われる」
「…………」
「攻撃は君に集中する。だからさ――」
父は私の髪をよしよしと撫でる。
「『自分の身を守れるようになるまで、ウロウロするな』的な意味なんだろうね?」
「…………」
聖女は狙い撃ち……?
怖い言葉だな……。
でも……。
考えれば甚だ尤もという。
「怖いです」
「そうだね」
「王都が安全ですか?」
「暫くはね」
「暫くは?」
「まあ、安全か安全でないかは難しい。ただ、兄上がいるから。兄は君を命に代えても守ってくれるだろう」
「………命に代えても?」
「そう。命に代えても」
「なぜ?」
セイヤーズ大侯爵領の領主であり魔法省の次官だ。命の貴賤なんてないけれど、それにしても私の命よりも貴重に思えてならない。
「聖女の力は奇跡の力。苦しみを浄化出来る唯一の魔導師だ。その部分に当然敬意をもっている。でも、それじゃないよね? 本質は」
「………」
「――僕の子供だからだろうね」
今、惚気た?
「お父様の子供だからですか?」
「そうだよ」
「理由はそれでいいんですか?」
「間違いないよ」
「へー………」
「兄上にもしものことがあれば、この父も生きてはいられない。だからアシュリに守ってもらうんだよ」
「え!?」
それは……。
一番難しそうな人選です。
「ルーシュ様やシリル様ではなく?」
「彼らはさ、まだ老獪さが?」
老獪?!
老獪さでは頭一つ抜けてる?
一つどころか百個くらい抜けてそう。
「アシュリは王妃の丁寧なプレゼントにより、初代闇の賢者を凌ぐほどの魔法を手に入れた」
確かに………。
八十万年弱という概算は桁違い。
王妃のプレゼント……。
それは悠久の時間。
どちらかというと毒そのもの。
「シトリー領も悪くはないけどね。一流の水魔導師がいない。君を一流に引き上げる人間がいないんだよ」
「叔母様がいるのではないですか?」
父は僅かに微笑む。
「?」
不味い事を聞いた?
寂しさを隠すような。
やるせなさを隠すような。
そんな笑いに見えた。
「彼女は一流の魔導師ではない。半年しか王立学園に通っていないし、それにね――」
それに……。
「禁忌を犯した。神は禁忌を犯した者は地に落とす」
「え?」
禁忌?
それは時空間を力ずくで抉じ開けたことを言っている?
そういえばどうやって助けたのだろう。
当たり前の話だけど水の魔導師は時空間には干渉できない。
私の知らない禁忌の魔法を使った?
父は口を噤み、それ以上喋ろうとしない。
叔母様は魔導師ではなくなった?
地に落とすとはどういうこと?
生きていることは確実だし、十年前子供も産んでいる。
そしてその子供も魔導師な訳だから、魔法素養は遺伝している。
「ミリアリアのことはいずれ紹介するよ。だけどそれは今じゃない。彼女はミリアリア・セイヤーズとして人前に出ることはもうないだろう。アシュリが侯爵位を継いだら妾に落とされる。それは少し可哀想だから、暫くはシトリー領名代でいればいい。もしくはエルズバーグ大侯爵家は一代飛ばしてアリスターに継がせる。それならば、彼女が苦しむことはもうなくなる………」
妾に落とされる。
侯爵家の正妻条件は魔導師。
それくらいしかない。
事実上、魔導師ではなくなった?
でもそんなことってある?
魔法素養は失うものなの?
セイヤーズといえばエルズバーグ家を超える程の大侯爵家だ。
叔母様はそこの姫なのだ。
「異母妹ではないですよね?」
ロレッタは自分で口に出しておきながら、そんな訳はないと思った。
アリスターの母親なのだ。
魔力量が一流。
同腹の兄妹。
伯父様とお父様に可愛がられた妹姫。
魔力素養は伯父と父に次ぐはずなのだ。








