【272話】ミリアリア・セイヤーズ
夜なのか昼なのか分からない。
あれから何年だったのかも分からない。
初代賢者は日数を数えていたみたいだけど、僕は数えていなかった。
僕は現実ではなく夢で生きる術を覚えた。
別にこの空間は寝なくて平気なのだけど。
でも僕は一日の四分の一どころか大概は寝て過ごした。
起きている間は代々の賢者から魔法陣の享受をしてもらって、それで寝ている間は――
楽しかった頃の夢を見る。
それは本当の父親と母親がいる幼少期。
もしくは学園で僅かばかりの友達と話すようになったとき。
そして――
ユリシーズの妹を紹介された時。
されてからの彼女とのこと。
彼女と初めて会ったのは高等部五年の春で、彼女は魔法科の制服を纏っていた。
いかにも貴族のお嬢様という感じで、品が良くて、長い髪が艶やかで、理知的な瞳をしていた。
「私ね、建国王の六人の賢者の中で、水と闇の研究をしているのよ?」
彼女はそう言って微笑んだ。
彼女は水の魔導師の総本山セイヤーズ家のご令嬢だったので、水は分かるのだが……闇は?
「何故、闇の魔術研究をしているのですか?」
その質問は話の流れ上、当たり前といえば当たり前の、有り触れたものになる筈だった。
しかし、彼女はアシュリを見て、ニコニコニコと微笑むと、
「魔術ではなく、二人の関係を調べているの?」
と言い切ったのだ。
「関係?」
「そうよ、関係」
「え?」
「二人の魔術ではなく、友情と親愛について考察しているの」
「…………」
賢者の友情と親愛?
それは何の魔術に役に立つのだろう?
連携か何かの研究?
「何故、そこなのですか?」
「重要だからよ」
重要?
どこが?
「私の心に興味と栄養と慈しみを与えてくれる重要な研究だからよ?」
「え?」
興味と栄養と慈しみ?
慈しみで合ってる?
聞き間違いじゃない?
「慈しみですか?」
「そうよ? 慈しみ。私の心の糧。想像すると胸の辺りがぎゅーっとなって、『幸せ』となるの」
「賢者同士の友情が?」
「そうよ?」
「……そうですか」
「変な女だと思っていて?」
「………多少」
「趣味は人それぞれなの」
「はぁ……」
「それは選べないの」
「…………」
「生まれ持っての習性のような類いのものなの」
「へ……ーーー」
「興味ないの?」
「まったくありませんね」
「どうして?」
「どうしてと言われましても……賢者同士の友情に思いを馳せても、それが? というジャンルと言いますか……」
「……あなた、アシュリ・エルズバーグと言ったわね?」
「言いましたね」
「豊かじゃないわ」
「え?」
「そんなんじゃ、お兄様との絡みがいまいちじゃない」
え? 絡み??
「私はね、こうなんというか、美少年というか美青年というかが好きなのよ」
「は?」
「美少年とかが好きなの」
「え?」
「恥ずかしいから何度も言わせないでよ」
そう言って伏し目がちに頬を紅くしたユリシーズの妹ミリアリアは、大変な美少女で、大変普通から逸脱した御令嬢だった。変なのキタ。
それからというもの、彼女は兄のユリシーズに会うがてらか何か知らないが、アシュリの所まで来て、「お兄様と手をお繋ぎになっても宜しくてよ?」などと言って、僕とユリシーズの手を取って、結ばせようとする。何それ? 普通に迷惑なんだけど?
「炎と雷も悪くないんだけど、水と闇の方がしっとりして陰鬱な感じがするのよ? そこがこうなんというか心を揺さぶられるポイントなのではなくて? あなたにも分かるかしら?」
分かるか? と問われても分かるわけないし、分かりたくもないというのが本音だ。そんなものを分かってどうする? 魔法の役にもたたないじゃないか?
「風と土は険悪だし、光の初代侯爵はシスコンでしょ? 闇に広がる氷の欠片を想像してみて? どこまでも深淵で、凍えるように冷たくて、指先がズンズンするでしょ?」
は? ズンズン?
指先がズンズンなんてしないだろ?
相変わらずセイヤーズの姫は何を考えているか分からない。
「 アシュリ? 遠慮はいりませんよ? さあ目を瞑ってみて? ほらあの絶対零度の魔法陣と、虚無の魔法陣である闇。二つが展開している様はまるで氷原よ?」
「…………」
ミリアリアの頭の中は何なの?
自分の水の魔法研究はどうした?
「素敵ね………」
そう言って、この国で大変高貴な身分を持ったセイヤーズ大侯爵家令嬢は、うっとりと溜息を吐いた。
「……良かったね」
「ええ。最高ね」
そう言って、目の前のアシュリを艶っぽい瞳でしっとりと見つめてくる。
「あなたの存在のお陰よ」
「…………」
「あなたがいるから、私の心が満たされるの」
「…………」
「あなたの魔法陣が美しくて寂しくて緻密だから、私は惹かれるのよ?」
「…………」
「分かるかしら?」
あんまり分かりません。








