【270話】過去の改竄
前話が長かった為、シトリー伯爵のターンと王太子のターンを別話にして改稿いたしました。この話は昨日上がった話の後半を大幅改稿したものになります。前話と合わせて再読して頂けますと理解が深くなると思います。
嘗ての賢者会議。
問題が起こる度に、七人で最善を考えた。
まあ、今は少し状況が違うのだが…………。
王太子に視線を移すと、鋭い眼光で睨まれた。
初動が初動だっただけに、大変なご立腹。
第二聖女をかなりディスったからな。
敵認定らしい。
あんなに才能があるのに、それを使って自分を守る術を知らない。
出来るだけ早く、護衛と攻撃を学ばないと嵌められる。
名指しで言えば王妃に。
第二王子との婚約破棄が成立し、第一聖女が廃妃になった今、婚約者のいない事実上の第一聖女。
危なっかしい立場だ。
折角の類い希なる多重魔法使いなのだから。
水も一流になれ。
「で、一つ目の贈り物は、王太子の買った土地とか言うなよ?」
ユリシーズはその言葉に少し笑った。
「土地なんて野暮なもの贈らないよ? 王都なら兎も角、シトリー領は土地は余っているしね。あの土地にロレッタと仲間達が商会本部を作るらしいよ。この冷蔵ボックスを五年間専売させてあげる。五年後からセイヤーズの商会でも取り扱うと思うけど、まあシトリー領の産業になればいいね。それともう一つ――」
ユリシーズが王太子に目配せする。
王太子は軽く頷くとユリシーズの隣に並んだ。
「アシュリ・エルズバーグ。感謝するんだな?」
そう言って、こちらを見ながらニヤニヤしている。
――その勝ったも同然というようなニヤニヤはやめろ。
そこも一代目と変わっていないな?
生粋の上から目線。
彼は懐から一枚の書類を出す。
先ずは自分が見てニヤニヤ。
相当内容に自信があるらしい。
「目を見開いて良く見るんだな? そして跪いてくれてもいいぞ」
そう言って俺の目の前に書類を翳す。
アシュリの名前。
そしてミリアリアの名前。
証人はセイヤーズ侯爵。
そして、シトリー伯爵。
最後に――
この国の国王であるアクランド王のサインと玉璽。
それは婚姻の証書だった。
アシュリ・エルズバーグとミリアリア・セイヤーズの婚姻証。
しかも――
「日付が十年前」
「そう。十年前の日付けにしてやった。アリスターの生まれた年だ。これで彼は私生児じゃなくなる。正式な嫡出。お前が父親でミリアリアが母親。六大侯爵子女の婚姻には陛下の許可がいる。遡って陛下の玉璽を貰ってやった。有り難く思えよ」
「よく貰えたな?」
「ふん。お前と違って日頃の行いがいいからな」
「王太子に情報が筒抜けだったのは、これの所為か?」
「そうだろうな」
王太子はアシュリとミリアリアの関係を最初から知っていた。
知る人は大変少ない。
少ないというよりも、ほぼいない。
情報も漏れていない。
細心の注意を払っていた。
ただ――
当然、セイヤーズ侯爵とその弟は知っている。
知っているというか、情報を漏らさない為にも、彼らは知る必要があった。
子供がいたからな……。
アシュリは王太子の隣に飄々と立つ男を恨みがましく見た。
洗い浚い喋ったなら言えよ?
「ユリシーズ、口元が緩すぎだろ?」
ユリシーズは心外そうに、首を振る。
「いいんだよ。君とミリアリアが幸せになれるなら」
「…………」
「王太子は味方だよ? だって彼は嘗ての王なのだから」
「…………」
「今期は何故か親子ほども離れているが………。それどころか実際、娘と僕は親子でリエトは息子。なんだろうコレ?」
「………確かに、お前と第二聖女が親子って」
「不思議だよね?」
「不思議だな………」
二人はうんうんと頷く。
「それはそうと、僕は妹に幸せになって欲しい」
「…………」
「王太子に喋った方が、良いと判断した。その方がミリアリアの立場は断然良い。アレでも貴族の令嬢だから」
「……………」
「君にも幸せになって欲しい」
「……………」
「今期の君の出自は最悪だった」
「……そうだな」
確かに最悪だった。
最悪の中の最悪。
最悪過ぎてうっかり死ぬとこだった。
生育環境の苦しさはなかなか抜け出せない。
嘗ての賢者であるこの俺でも。
闇の魔術師の血統継承保持者でも。
そんな力を有していても。
あんな環境では生きていけない。
俺には気に掛けてくれる嘗ての縁があったから。
今もなんとか生きているが………。
無かったら。
もうこの世にはいなかった。
断言出来る。
それくらい環境の影響力は強い。
生育環境は人を殺せる。
「ミリアリアはやっと君の正式な妻になれたんだ。十九年の長い長い君への想い。君のどこが良かったんだろうね?」
「………ホントにな」
取り柄なんてないけども。
取り柄で人を思う訳じゃないのだろうな?
アシュリは少し笑って王太子を見る。
「敵認定した相手にどうしてここまでする?」
「敵認定したのは書類を整えた後だ」
「まあ、そうだが……」
「王妃がお前を故意にロストさせた。そのツケを払ったまでだ」
「そんな律儀な玉?」
「律儀者ではないな? だが、王妃は建国王の賢者に手を出した。その部分は許しがたい。それを王妃に心底傾倒している王の小耳に挟んだだけだよ?」
「……言ったんだな?」
「当たり前だろ? 黙っていて得をするのは王妃だぞ。言わない手はない」
「信じたか?」
アシュリの問いに、王太子は凄絶に笑う。
「信じさせるんだよ? 闇の血統継承を持つ、王の賢者を独断と偏見で切った。命を助けた者を殺した。アクランドの根底を覆す罪だ。僕はなんせ当事者なんだよ? 王妃が真名改名をしたその瞬間に居合わせた者は三名。闇の血統継承保持者アシュリ・エルズバーグ、当時のアクランド王国王太子妃、そして雷の血統継承者である僕。僕はあの場にいたんだ。忘れて貰っては困る。君のことは憶えている。記憶の深いところで知っている。死なないように助けてくれた闇の賢者。僕は全てを見ていた。王妃が真名改変をした瞬間をこの五感で知っている。証人と同義だ」
「…………」
「信じさせたから、この証書がある」
「……良い腕してる」
「数ある長所の一つだよ」
「…………そうか……」
何個長所があるんだよ?
証書は二枚あった。
アシュリとミリアリアの婚姻証書。
そして戸籍。
夫婦の嫡男としてアリスターの名が書かれていた。








